SPORTSよこはまVol.20・スポーツ医科学センター
横浜市スポーツ医科学センター 健康科学課●持田 尚(スポーツ科学員)
■人生80年時代、ヒトも道具も手入れが肝心
人生80年と言われる現代ですが、昔の日本人の寿命はどのくらいだったのでしょうか。文献によると縄文時代では30歳、江戸時代で45歳、昭和初期の時代で50歳程度であったというのです。そもそもヒトサイズの哺乳類の寿命は30歳程度と計算されるようなので、現代の日本人は文明の発展とともに長寿を得てきたのだということが分かります。
生物学的に、ヒトは生まれてから遺伝的プログラムによって発育・発達し、成熟期を迎えます。その後加齢とともに衰退していきます。いわゆる老化です。成熟期が20〜30歳ぐらいですから、それ以降の老化期間を50年以上見積る必要が出てきたのが現代というわけです。
体も長く使えばやはりガタが来るものです。運動器の障害(ロコモティブシンドローム)は、心臓・脳血管系の病気(メタボリックシンドローム)や認知症に並んで要介護の三大要因のひとつになっています。つまり転倒・骨折、筋力低下、膝痛、腰痛などが原因で要介護者となる人が多いということです。50年以上成熟した体を良い状態に保つには、それなりの「手入れ」が求められます。健康・体づくりに関する生涯設計を自ら立てていくことが必要な時代となりました。
■「ロコモティブシンドローム」
体にガタが来て(運動器の障害)、歩いたりする能力が低下し、要介護になっていたり、要介護になる危険の高い状態を「ロコモティブシンドローム」と言い、略して「ロコモ」と呼ばれています。ロコモティブ(locomotive)とは移動能力を有するという意味の英語です。ロコモの判定には7つのチェック項目があります[図1]。①家のなかでつまずいたり、滑ったりする。②階段を上るのに手すりが必要。③15分くらい続けて歩けない。④横断歩道を青信号で渡りきれない。⑤片脚立ちで靴下がはけない。⑥2kg程度の買い物をして持ち帰るのが困難。⑦家のやや重い仕事が困難。以上の項目は、移動能力の直接的評価に加え、その内訳として筋力低下、バランス力低下、膝痛(変形性膝関節症)、腰痛(腰部脊柱管狭窄症)の状況を読み取れるようにできています。皆さんはどうですか? ひとつでも当てはまれば、ロコモである心配があります。また、少しでも歩くことやバランスに不安を覚えた時には既に状態は悪化し始めています。思い立ったが吉日、ロコトレ(ロコモーショントレーニング)開始のタイミングです。横浜市スポーツ医科学センターでは、スポーツ科学員・運動指導員による測定と実技指導を行う「ロコモ教室」を開催しています。
■太りすぎの危険性
太りすぎの判断基準にBMI(Body Mass Index)という「体型指数」がよく使われます。BMIは、BMI=体重(kg)÷[身長(m)×身長(m)]で計算します。本誌6月号でもご紹介したように、スポーツ選手ではない一般人のBMI 25以上は「太りすぎ」、いわゆる肥満に分類されます。50歳を超えた膝痛のほとんどが変形性膝関節症を原因としています(ガイドライン外来診療2009)。その発症に肥満が関与しています。肥満の人ほど発症しやすく、しかも比較的若年で発症してしまうとのことです。肥満とは体重あたりの脂肪量が多すぎることを言います。それは、相対的に体重あたりの筋肉量が少なすぎることを意味します。歩いているときや運動しているときの関節にかかる衝撃を和らげるのは、主に筋肉の働きによるものです。同じ運動であれば衝撃力は体重に比例します。よって、肥満の人は衝撃力が大きいわりに、それを和らげる筋肉の働きが乏しいため、関節への負担が大きくなると考えられます。この観点から、肥満であることは運動器にとっても好ましくないと言えるでしょう。
■痩せすぎの危険性
痩せすぎによる心配は、やはり骨量や骨質への影響です。それらの低下は骨折の危険性を高め、円背、いわゆる猫背をも招きます。また、高齢期における骨折は寝たきりの原因となるため、できるだけ避けたいものです。
生涯にわたり健康な骨を保持するためには、人生一度きりの成長期に、多様で高い刺激の運動(遊び)をおこない、全身の骨をしっかり鍛えてきたかが重要となります。また、しっかりバランスよく食事をしている人は、自然とカルシウム、たん白質、ビタミン類など骨づくりに大切な栄養素が摂取されますので、食事も大切です。痩身志向が強く、無理な食事制限や、偏った食事をすることは栄養学的に問題であり、骨量や骨質を低下させ、筋肉も痩せさせてしまうため、これもまた運動器にとって好ましくないと言えるでしょう。
大人になってから骨量や骨質が高まるのびしろは、成長期に比べればはるかに少ないです。ただし、骨の代謝は付着する筋肉からの刺激や衝撃による機械的刺激により高まりますので、骨量や骨質を維持していくために、ジョギングやウエイトトレーニングといったある程度強度の高い運動をすることが望ましいのです。そのためには筋肉を鍛え、高い強度に耐えられる「體(からだ)」をつくっていくことになるわけですから、痩せすぎの体のままで生涯健康というわけにはいかないのです。
■最後に
昨年、NHK出版より「Spark:The Revolutionary New Science of Exercise and the Brain」の邦訳本が出版されました。邦題は「脳を鍛えるには運動しかない」。この本では「太りすぎ」や「痩せすぎ」といった体にとって悪い状態に陥る生活習慣は脳にとっても良くないことだと科学的研究のデータをもとに語っています。 「肥満の人が普通の人の二倍、認知症になりやすいのも、心臓病の人がアルツハイマー病になる確率が非常に高いのも、そのような頭と体のつながりが壊れた結果なのである」と伝えています。運動はメタボやロコモといった体の問題を改善するだけでなく、健康な脳つくりにも役立っていて、ヒト全体のシステムをより良い状態にする役割を果たしているのです。
横浜市スポーツ医科学センターは、健康と運動、スポーツ医学とスポーツ科学を結びつけた総合専門機関です。生涯健康で活力ある生活を送るために、キッズ・ジュニアからシニア世代まで各ライフステージに見合った「望ましい健康のあり方」を医科学的にアドバイスします。ファイナンシャルプランナーならぬヘルス&エクササイズプランナーとして皆さまの健康・体づくりに関する生涯設計をサポートします。どうぞご活用ください。
[主な参考文献]
本川達雄『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』阪急コミュニケーションズ, 2006.
日本臨床整形外科学会HP ロコモ URL:http://j-locomo.com/locoleaf2009.pdf
持田尚ほか「日常の歩行に不安感をもつ健常者の歩行分析」 体力科学 Vol.58(6)P830.2009.
ジョンJ.レイティ(著) 野中香方子(訳)『脳を鍛えるには運動しかない!』 NHK出版,2009.
横浜市スポーツ医科学センター TEL. 045-477-5050・5055 ホームページ
●スポーツクリニック
(内科・整形外科・リハビリテーション)
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●トレーニングルーム
●25m室内温水プール
●研修室・会議室
横浜市スポーツ医科学センター 健康科学課●持田 尚(スポーツ科学員)
■人生80年時代、ヒトも道具も手入れが肝心
人生80年と言われる現代ですが、昔の日本人の寿命はどのくらいだったのでしょうか。文献によると縄文時代では30歳、江戸時代で45歳、昭和初期の時代で50歳程度であったというのです。そもそもヒトサイズの哺乳類の寿命は30歳程度と計算されるようなので、現代の日本人は文明の発展とともに長寿を得てきたのだということが分かります。
生物学的に、ヒトは生まれてから遺伝的プログラムによって発育・発達し、成熟期を迎えます。その後加齢とともに衰退していきます。いわゆる老化です。成熟期が20〜30歳ぐらいですから、それ以降の老化期間を50年以上見積る必要が出てきたのが現代というわけです。
体も長く使えばやはりガタが来るものです。運動器の障害(ロコモティブシンドローム)は、心臓・脳血管系の病気(メタボリックシンドローム)や認知症に並んで要介護の三大要因のひとつになっています。つまり転倒・骨折、筋力低下、膝痛、腰痛などが原因で要介護者となる人が多いということです。50年以上成熟した体を良い状態に保つには、それなりの「手入れ」が求められます。健康・体づくりに関する生涯設計を自ら立てていくことが必要な時代となりました。
■「ロコモティブシンドローム」
体にガタが来て(運動器の障害)、歩いたりする能力が低下し、要介護になっていたり、要介護になる危険の高い状態を「ロコモティブシンドローム」と言い、略して「ロコモ」と呼ばれています。ロコモティブ(locomotive)とは移動能力を有するという意味の英語です。ロコモの判定には7つのチェック項目があります[図1]。①家のなかでつまずいたり、滑ったりする。②階段を上るのに手すりが必要。③15分くらい続けて歩けない。④横断歩道を青信号で渡りきれない。⑤片脚立ちで靴下がはけない。⑥2kg程度の買い物をして持ち帰るのが困難。⑦家のやや重い仕事が困難。以上の項目は、移動能力の直接的評価に加え、その内訳として筋力低下、バランス力低下、膝痛(変形性膝関節症)、腰痛(腰部脊柱管狭窄症)の状況を読み取れるようにできています。皆さんはどうですか? ひとつでも当てはまれば、ロコモである心配があります。また、少しでも歩くことやバランスに不安を覚えた時には既に状態は悪化し始めています。思い立ったが吉日、ロコトレ(ロコモーショントレーニング)開始のタイミングです。横浜市スポーツ医科学センターでは、スポーツ科学員・運動指導員による測定と実技指導を行う「ロコモ教室」を開催しています。
■太りすぎの危険性
太りすぎの判断基準にBMI(Body Mass Index)という「体型指数」がよく使われます。BMIは、BMI=体重(kg)÷[身長(m)×身長(m)]で計算します。本誌6月号でもご紹介したように、スポーツ選手ではない一般人のBMI 25以上は「太りすぎ」、いわゆる肥満に分類されます。50歳を超えた膝痛のほとんどが変形性膝関節症を原因としています(ガイドライン外来診療2009)。その発症に肥満が関与しています。肥満の人ほど発症しやすく、しかも比較的若年で発症してしまうとのことです。肥満とは体重あたりの脂肪量が多すぎることを言います。それは、相対的に体重あたりの筋肉量が少なすぎることを意味します。歩いているときや運動しているときの関節にかかる衝撃を和らげるのは、主に筋肉の働きによるものです。同じ運動であれば衝撃力は体重に比例します。よって、肥満の人は衝撃力が大きいわりに、それを和らげる筋肉の働きが乏しいため、関節への負担が大きくなると考えられます。この観点から、肥満であることは運動器にとっても好ましくないと言えるでしょう。
■痩せすぎの危険性
痩せすぎによる心配は、やはり骨量や骨質への影響です。それらの低下は骨折の危険性を高め、円背、いわゆる猫背をも招きます。また、高齢期における骨折は寝たきりの原因となるため、できるだけ避けたいものです。
生涯にわたり健康な骨を保持するためには、人生一度きりの成長期に、多様で高い刺激の運動(遊び)をおこない、全身の骨をしっかり鍛えてきたかが重要となります。また、しっかりバランスよく食事をしている人は、自然とカルシウム、たん白質、ビタミン類など骨づくりに大切な栄養素が摂取されますので、食事も大切です。痩身志向が強く、無理な食事制限や、偏った食事をすることは栄養学的に問題であり、骨量や骨質を低下させ、筋肉も痩せさせてしまうため、これもまた運動器にとって好ましくないと言えるでしょう。
大人になってから骨量や骨質が高まるのびしろは、成長期に比べればはるかに少ないです。ただし、骨の代謝は付着する筋肉からの刺激や衝撃による機械的刺激により高まりますので、骨量や骨質を維持していくために、ジョギングやウエイトトレーニングといったある程度強度の高い運動をすることが望ましいのです。そのためには筋肉を鍛え、高い強度に耐えられる「體(からだ)」をつくっていくことになるわけですから、痩せすぎの体のままで生涯健康というわけにはいかないのです。
■最後に
昨年、NHK出版より「Spark:The Revolutionary New Science of Exercise and the Brain」の邦訳本が出版されました。邦題は「脳を鍛えるには運動しかない」。この本では「太りすぎ」や「痩せすぎ」といった体にとって悪い状態に陥る生活習慣は脳にとっても良くないことだと科学的研究のデータをもとに語っています。 「肥満の人が普通の人の二倍、認知症になりやすいのも、心臓病の人がアルツハイマー病になる確率が非常に高いのも、そのような頭と体のつながりが壊れた結果なのである」と伝えています。運動はメタボやロコモといった体の問題を改善するだけでなく、健康な脳つくりにも役立っていて、ヒト全体のシステムをより良い状態にする役割を果たしているのです。
横浜市スポーツ医科学センターは、健康と運動、スポーツ医学とスポーツ科学を結びつけた総合専門機関です。生涯健康で活力ある生活を送るために、キッズ・ジュニアからシニア世代まで各ライフステージに見合った「望ましい健康のあり方」を医科学的にアドバイスします。ファイナンシャルプランナーならぬヘルス&エクササイズプランナーとして皆さまの健康・体づくりに関する生涯設計をサポートします。どうぞご活用ください。
[主な参考文献]
本川達雄『「長生き」が地球を滅ぼす 現代人の時間とエネルギー』阪急コミュニケーションズ, 2006.
日本臨床整形外科学会HP ロコモ URL:http://j-locomo.com/locoleaf2009.pdf
持田尚ほか「日常の歩行に不安感をもつ健常者の歩行分析」 体力科学 Vol.58(6)P830.2009.
ジョンJ.レイティ(著) 野中香方子(訳)『脳を鍛えるには運動しかない!』 NHK出版,2009.
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