センバツへの道【2】 甲子園への一歩、慶応高校野球部新チームの挑戦(前編)
by :千葉 陽子
「甲子園は選手にとって、そして僕にとって憧れの聖地。甲子園に行くと人間的に一皮むけるというか、自分を大きくしてくれる場所。楽しかったし、これからの人生の励みになるような大きなエネルギーをもらいました」。 今年の春のセンバツ(選抜高校野球大会)、夏の高校野球大会で2季連続甲子園に出場した慶応高校野球部の上田誠監督の言葉だ。慶応は新チームで戦った県高校野球秋季大会で優勝し、11月1日に開幕する関東大会に向けて練習に励んでいる。
3季連続甲子園出場を目指す、慶応高校野球部上田監督
新チームが始動したのは甲子園から戻ってきた8月20日。しかしそのメンバーの中で甲子園のレギュラーは唯一人もいない。上田監督は、「秋季大会で新チームが勝てる条件は、2年生が前の代から試合に出て、ある程度の修羅場を経験し、投手力もしっかりしていること」と挙げる。慶応は他校より約3週間スタートが遅れた上、8月終盤は集中豪雨に見舞われて練習試合も満足にできない状態だった。「とにかくぶっつけ本番」で秋季大会に臨むことに。結果、彼らは強豪の東海大相模や桐光学園に圧勝し、優勝という最高の形で関東大会への切符を手中に収めた。
そして来る関東大会は、来春のセンバツ出場校の決定に大きな意味を持つ。3季連続の甲子園に向けて監督、そしてナインの胸の内を探りに慶応高校を訪れた。
野球部の日々の練習は港北区の日吉キャンパスの敷地内にある、日吉台野球場で行われている。「日吉の森」と呼ばれる緑豊かな環境の中で強豪校は育まれている。取材日はあいにくの雨だったが、選手たちは室内練習場でウエートトレーニングに余念が無い。彼らに会うのは秋季大会の決勝戦以来。いつもよりリラックスした表情の選手たちの中で、代表して3人にインタビューした。高校生らしい素顔をのぞかせながら、野球への情熱を語ってくれた。
関東大会まであと2週間、ウエートトレーニングに励む慶応ナイン
【キャプテン・植田忠尚選手】
4番でキャッチャー、チームの核となる存在の植田選手。キャプテンに任命されたのは、夏の甲子園から帰ってきた翌日のミーティングのこと。「実力では引っ張っていけないので、周りに声を掛けるように努力しています」と謙遜したが、取材側への気配りも抜群で、まさに適任と感じた。野球部は部員数約120人の大所帯。レギュラーで試合に出場できる選手は、ほんの一握りだ。「控え選手に気を配ることもキャプテンの仕事。うまくチームをまとめてくれる」と、上田監督の信頼は厚い。
夏の甲子園でベンチ入りを果たした植田選手だったが、秋季大会はキャプテンという立場で初めて迎える大きな大会。「秋季大会前の練習試合は8試合。成績は4勝2敗2分け。チームの連係もないし不安だらけ。先輩たちが勝ってきたので僕たちも、というプレッシャーがあった」。それでもチームは勝ち進み、徐々に流れをつかんでいった。「(エースの)白村を中心に守備からリズムを作って、要所で一気に攻める攻撃ができたのが良かった」と振り返る。
しっかり者のキャプテンだが、実は意外な経歴の持ち主。「小学生の時は兄の影響で相撲をやっていました。野球に転向したのは中学1年生の冬。団体でやるスポーツに興味が出てきたんです」。兄は現在早稲田大学で相撲に励んでいるそうだ。「相撲で四股を踏むと足腰が鍛えられるので、僕はキャッチャーなのでそれが活きてますね」と微笑んだ。
大阪府の四條畷学園中学校出身の植田選手。現在は寮住まいだが、「今は洗濯も掃除も全部自分でやるので、たまに実家に帰ると親のありがたみが分かります」としみじみ。練習でくたくたになって帰ってから、泥まみれのユニフォームの汚れを落として洗濯するのは大変なこと。日々の努力の成果を関東大会で存分に発揮してほしい。開催県(神奈川)1位校のキャプテンには、開会式で選手宣誓の大役も待っている。「甲子園という道までたどりつきたい」と植田選手はきっぱりと宣言した。
植田キャプテン、気合のフルスイング!
【エース・白村明弘選手】
秋季大会6試合を一人で投げ抜き、わずか3失点で抑えた背番号1。この夏までは2人のエース、田村選手、只野選手の必勝リレーがチームの躍進を支えた。新チームになり、白村選手がエースの証、背番号1を受け継ぐことに。「中途半端な気持ちで背番号1を着けることはできないと思っていました。秋季大会は自信になったし、エースとしてのあるべき姿がわかりました」。エースの立場を自覚した白村選手、それは徹底した自己管理に裏付けされている。「大会前日は油物を食べないという食生活の面や、部屋をきれいにするようになってから安定した成績を出すようになりましたね」と、私生活での変化が大きいと振り返る。
岐阜県美濃加茂東中学校から慶応高校に進学。父は美濃加茂高校の野球部監督を務めている。その影響で幼い時から野球は身近な存在だった。「3歳くらいから野球に興味を持ち始めて、バットで遊んだりしてました」。キャッチャー、ショート、外野…いろんな守備を経験し、本格的にピッチャーを始めたのは高校に入学してから。秋季大会では140キロのストレートが話題になった。
白村選手は秋季大会である雪辱を胸に秘めていた。それは春季大会にさかのぼる。「春の桐光学園との試合で、ストライクが8球連続入らなかった。その悔しさが自分が変わるきっかけになった」。忘れられない苦い思い出。そして秋に再び準々決勝で、桐光学園との対決が巡ってきた。「桐光にかける思いは、人一倍強かった」。白村選手の気持ちは7−0、完封勝利という形になって報われた。「秋季大会で結果を出して自分の代で優勝して、普段は褒めてくれない親父が褒めてくれたのが嬉しかったですね」とはにかんだ。
「夢はプロ野球選手」という確かな目標に突き進んでいる白村選手。長い道のりだが、まずは目の前の一歩、関東大会が待っている。「意識せずに、自分のピッチングをすればいいだけ。周りがしっかり守ってくれると思うので、バックを信じて投げる」。仲間を信じ、自分自身が積み重ねてきたものを信じて、白村選手の次なる挑戦が始まる。
関東大会は零封で!白村選手(左)、植田選手(右)のバッテリー
☆次回は横浜の星・渡邊暁眞選手、そして上田監督の総括インタビューをお届けします!お楽しみに!☆
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