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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.147 「2024パリオリンピック 」

7月26日から8月11日まで、フランス・パリで第33回オリンピック競技大会が開催され、陸上競技ハードル種目のコーチングスタッフとして参加してきました。

私が担当していたハードル種目では、横浜市出身の泉谷駿介選手(住友電工)がメダル獲得を目指し男子110mHに出場しました。予選は余裕をもって通過したのですが、準決勝で、わずか0秒06の差で決勝進出を逃してしまいました。

8位までが入賞で、泉谷選手は実質9位という結果でした。ベスト記録を出していれば銀メダルを獲得できたので、本当に惜しい結果に終わってしまいました。しかし、まだまだチャンスはあります。来年、東京で開催される世界選手権でのメダル獲得を目指してほしいですね。

陸上競技としては、苦戦していましたが、最終日前日に女子やり投げで北口榛花選手(JAL)が金メダルを獲得してくれました。オリンピックスタジアムに流れる君が代は心にしみます。

私たちは、オリンピック期間後半の陸上競技が始まるまで、パリ郊外のセルジーというところで調整合宿を実施していました。オリンピックが始まると選手村の様子などの情報が入ってきます。エアコンもなく、食事も良くない。スタッフ、選手たちはそれらの情報をもとに対策を取りました。

そこで、オリンピックでの選手の生活など、日本で情報として公開されていたことなどについて、私見ではありますが、お話ししたいと思います。

パリオリンピックは、大会で排出されるカーボンフットプリント(二酸化炭素などの温室効果ガス量)をこれまでの大会と比較して50%に削減することを宣言しました。実際、競技場では原則ペットボトルを使用しないことや、フードロスの削減、使い捨てプラスチック製品の使用削減、エアコンの不設置などが実施されていました。理念としては大変すばらしいのですが、実際に参加してみると困ったこともありました。

通常、オリンピックや世界大会では、ペットボトルの水が大量に用意されています。今回は、配布されたボトルにミネラルウォーターを継ぎ足していくことが推奨されていました。

ペットボトルのゴミも大量となってしまうことから、確かに理解できるのですが、アスリートは基本的に栓のされたペットボトルの水を飲むように指導されます。何か入れられている可能性もありますし、アスリートは口に入るものには、かなり気を使います。マラソンの給水でも、大会組織側は、当初ペットボトルは用意しないと言っていました。しかし、実際はペットボトルが用意されました。競技場や選手村にはペットボトルの水は用意されていました。

エアコンが未設置もかなり困ります。ヨーロッパは湿度が低く、日陰は涼しいのですが、扇風機はあるとはいえ、30度越えの気温の中でのエアコンなしでの生活は厳しいです。我々は、簡易エアコンを入れていただきましたが、これがまた、室外への排気のために窓が閉められないというものでした。

部屋のシーツとタオルの交換は、私がいた期間中1回しかありませんでした。10日ほどいましたが、1度しか換えてもらえませんでした。掃除も1度です。ランドリーには、タオルを入れないように指示がありましたので、困りました。いくらエコと言っても衛生的に考えると問題があると思います。今までの大会でこんなことはありません。

そして、選手村での盗難。どこでもこのような話はあるのですが、今回は特に注意喚起がなされた大会でした。選手村内外で私の知り合いだけで3名が盗難被害にあいました。選手村は鍵がかけられます。関係者やボランティアの人しか入れないので、残念です。

そして、皆さんも多く耳にされた食事の問題がありました。これも選手村に入る前から私たちも「食べるものがない」と言われていました。実際は、食べるものはないわけではありませんでした。野菜や果物などは充実していましたし、美味しかったです。後半から選手村に入ったので対策されていたのかもしれませんが、肉類も一応毎日十分な量はありました。

味はというと、まあ美味しくはありません。バリエーションも乏しかったです。ただ、東京オリンピックが良すぎただけでいつもの感じです。しかし、フランスだから…と期待していただけにこちらも残念でした。

選手村の食堂に日本人がいないという報道がありましたが、これは日本選手団の宿舎内に味の素が「Gロードステーション」という日本食を提供してくれる部屋を用意してくれていました。炊き立てのご飯に温かい味噌汁、そして総菜などが自由にとることができ、選手にとって大変有益なものでした。選手村の食事が不評でしたので、ここで食事をとる人が多くなったことが原因です。

こうした国が用意する食堂は、オーストラリアも実施していました。他の国もやっていたかもしれません。ただ、裕福な国は対策できますが、そのような国ばかりではありませんし、不公平を感じてしまいます。

もちろん悪いことばかりではありません。良いこともありました。バゲットが話題になっていましたが、選手村内の食堂外に、パン屋さんがあり、そこで焼き立てのパンを配給していました。時間によっては並ばないと入手できないくらいの人気でした。コーヒーショップも選手村内にいくつか設置してありました。私は、コーヒーショップに毎日2回は通っていました。このシステムはよかったですね。

あと、良かったことは、競技場行のバスの本数がたくさんあったことです。オリンピックや世界選手権などの選手輸送のバスは、選手が立って移動したり、時間がルーズであったりすることは、あたりまえのことなのですが、今回は5分に1本の頻度で輸送バスが循環していましたので、まったくストレスを感じませんでした。でもエコではありませんね。

また、選手村内にブリヂストンの自転車が何十台も置いてあり、自由に使用できるのも便利でした。乗り捨ても自由にできます。トヨタの電気自動車も選手村内を循環していましたが、こちらも大変便利でした。こちらはエコですね。日本製品が選手村内の主要な移動に使われていて誇らしい限りです。

また、失礼な話なのですが、フランス人は、格式が高く冷たい人が多い印象がありましたが、まったくそのような感じはありませんでした。選手村や、競技場、街中でも嫌なことは一切なく、むしろ親日の方が多かったです。競技場などでも大変よくしてくれました。パリ中心地ではなかったからかもしれませんが。

街を歩くとよく声をかけられました。スーパーには日本の漫画がおかれていたり、町では日本風のものが散見されたりと、日本文化は完全にフランスに受け入れられています。

大会前には、高速鉄道で破壊行為や放火、デモもありました。大会中は、誤審やジェンダー、差別、不正、ドーピング、環境や移民問題なども話題となりました。
良くも悪くもオリンピックは様々な問題提起をしてくれます。

オリンピックは、多種目の世界最大級のスポーツ大会として社会的な影響の高い大会で、今回の大会も様々なドラマが展開されるとともに、考えさせられることがたくさんありました。

近代オリンピックの創始者であるクーベルタン男爵は、「スポーツを通じて、文化・国籍を超え、平和でよりよい世界の実現に貢献する」というオリンピズムを提唱しています。オリンピックの世界的影響を考えると、その理念が完全になることは難しいかもしれません。
しかし、全世界が様々な問題について、考えるきっかけになるオリンピックは、意味のあるものなのだと思います。

次回はアメリカ・ロサンゼルス大会が2028年に開催される予定です。オリンピックは競技だけでなく、我々に様々な景色を見せてくれます。クーベルタンの理念に少しでも近づくことに期待したいです。

【記事・写真】©苅部俊二

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

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