vol.114「高地での記録突破」
9月1日(日)、山梨県富士北麓公園陸上競技場で「富士北麓ワールドトライアル2019 ~2019世界陸上ファイナルチャレンジ~」という大会が開催されました。この大会は、9月27日(金)からカタール・ドーハで開催される第17回世界陸上競技選手権大会(以下、世界選手権)の標準記録突破を目指す、国内の最後のトライアルです。
世界選手権の参加標準記録は9月6日(金)までの記録が有効となります。もう国内では大きな大会がないので、この大会が記録突破の最後のチャンスです。
富士北麓公園陸上競技場は、準高地にある競技場で、標高が1,035mあり短距離や跳躍、投てき種目で記録が出やすい競技場です。2012年7月のコラム(vol.28「ロンドンオリンピック陸上競技代表合宿」)に書いたロンドン・オリンピックにむけた高地トレーニングの合宿をした競技場です。
このときのコラムにも書きましたが、高地でのトレーニングは高地順応により主に有酸素能力の向上というトレーニング効果があります。そして、高地は空気抵抗が少ないので速度が高くなることが知られています。
富士北麓ワールドトライアル2019(山梨県富士北麓公園陸上競技場)
つまり、短距離種目では記録が出やすいのです。
ですから、日本陸連は準高地であるこの富士北麓公園陸上競技場で世界選手権の標準記録を突破させ、1人でも多くの日本人選手をドーハに送り込もうという作戦に出たのです。
標高2,240mの高地で開催された1968年メキシコシティ・オリンピックでは、高地の効果が大きく、男子で100m・200m・400m・800m・400mH・4×100mリレー・4×400mリレー・走幅跳・三段跳・棒高跳に、女子で100m・200m・800m・80mH・4×100mリレー・走幅跳・砲丸投に、世界新記録が出てしまいました。
このうち、男子100mのジム・ハインズ選手(アメリカ)の出した9秒95は、平地でカール・ルイス選手(アメリカ)がこの記録を破るのに17年、男子走幅跳で記録されたボブ・ビーモン選手(アメリカ)の8m90は平地での更新に23年もかかってしまいました。
高地では気圧の低下によって空気の密度が減ることになります。標高1,000mだと、密度は地上の10%ほど減少します。空気の密度が減るということは空気抵抗が減るということなので、走る速度が向上したり、物が遠くに飛びやすくなったりします。空気抵抗は空気密度だけでなく速度や面積にも影響を受けるので、何秒変わるのかということは単純に計測できませんが、標高2,000mだと、100mにつき0.1秒くらいという研究者もいます。
ならば、長い距離であれば長いだけ、と思われるかもしれませんが、長距離は、酸素が薄いことからパフォーマンスは逆に低下してしまうといわれています。
高地での記録は、公認しない方がよいのではと思われるかもしれませんが、国際陸連のルールでは高地での記録は非公認とするとの記載はありません。ただし、1,000m以上の高地で出された記録には記録の後に「A(Altitude=高度)」がつけられます。今のところは高地での記録も問題なく公認されます。
前置きが長くなりましたが、9月1日の富士北麓ワールドトライアルでは、女子100mHで寺田明日香選手(パソナグループ)が日本人初の12秒台となる12秒97(+1.2)の日本新記録で、見事に世界選手権の標準記録を突破しました。ほかにも、男子200mで飯塚翔太選手(ミズノ)が20秒29、男子400mでウォルシュ・ジュリアン選手(富士通)が45秒21をマークして標準記録を新たに突破・内定し、大会も大成功に終わりました。
すべてではありませんが、高地のレースが記録に貢献したことになると思います。
寺田明日香選手の日本記録
9月11日(水)に、世界選手権の追加日本代表選手が発表されました。
日本選手権で内定した選手に加えて、標準記録を突破している選手が追加されます。また、インビテーションといって、国際陸連から参加標準を突破していなくても標準に近い記録を出している選手が、わずかに追加されることになります。
追加された横浜関係者は、荏田高校出身の男子棒高跳代表・江島雅紀選手(日本大学)と、緑が丘中~武相高校出身の男子110mH代表・泉谷駿介選手(順天堂大学)です。横浜国大出身の女子100mH・木村文子選手(エディオン)はすでに代表に内定しています。
そして、今週末9月15日(日)にはいよいよ東京2020オリンピックのマラソン日本代表選考レースである「マラソン・グランド・チャンピオンシップ(MGC)」が東京で開催されます。男子が8時50分、女子は9時10分スタートです。
このレースで東京オリンピック日本代表が男女2名ずつ決まります。
お見逃しなく!!
1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。
元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。
現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。
2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。
また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。
1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。
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