vol.58「第91回東京箱根間往復大学駅伝競走」
第91回東京箱根間往復大学駅伝競走(関東学生陸上競技連盟主催、読売新聞社共催)が1月2日(金)、3日(土)に開催されました。結果は、青山学院大学が10時間49分27秒で、初の総合優勝を飾りました。箱根駅伝優勝校は青山学院大学で16校目となります。
青山学院大学は、5区間で区間記録、区間2位も3区間あり圧勝でした。戦前の予想は駒澤大学と東洋大学の一騎打ちで、青山学院大学、明治大学、早稲田大学がどこまでその争いに迫れるか、という感じでしたが、青山学院大学5区・神野大地選手の圧巻の走りで勝負ありでした。とにかく強かった、の一言です。
さっそく、神野選手は「新・山の神」と呼ばれていましたね。初代山の神は順天堂大学の今井正人選手(現トヨタ自動車九州)、2代目は東洋大学の柏原竜二選手(現富士通)で、神野選手は3代目ですね。この「山の神」の名称、本人たちはどう思われているのかはさておき、3人とも神がかった走りをみせてくれました。実はうちにも山の神がいたのですが、オレンジにHのチームはどこにいましたっけ…。
うちの選手たちは黄色い帽子にボアコートを着て走路員をしていました。きっと何かを感じてくれたと思います。
さて、神野選手の箱根の坂の走りっぷり、見事でした。あの最高斜度13%以上、平均斜度6%以上と言われる急な坂を軽やかに跳ねるように走っていきました。今までの選手たちとは異次元の走りでした。
近年の箱根駅伝は、山を制する大学が総合優勝に最も近いとされ、各大学とも山登りの選手をいかに育成するかが課題となっています。5区の山登りで簡単に5分から差が開いてしまいます。5分と言ったら2km近いですから大きなハンデです。ですから山を登れる選手のいる大学は有利です。
坂の走りは脚力が必要で、一歩一歩力強い走りが求められます。ぐいぐいと足を前に運んでいくような走りをする選手もいます。
神野選手は山登りに合わせたフォームができることに加え、もちろん脚力もあるのでしょうが、おそらくはその体格も関連していると思います。なんと身長164cm、体重43kgです。この細身の身体が、軽やかで弾むような走りを可能にしているのでしょう。
登り坂は平地よりも足の接地が早くなります。ですから普段の上体の角度のままだとうまく前に進んでくれません。坂の傾斜に合わせて前傾することになります。この足の着く位置と前傾することで重心が前方へ移動しますから、その位置関係がうまく調整できれば効率よく前に進むことが可能になります。神野選手はこれが抜群にうまいです。
これができない人は接地時間を長くして前に前に足を出していかなければならず、接地後半はややキックをしなければなりませんので大きな脚力を必要とし、多少疲労が大きい走りとなります。しかし、これも足と重心の位置関係を正すことや腕振りによって改善することができます。
これらができない人は坂の登りが苦手な人です。たとえば、足が接地しているとき上体が立った状態にあり、重心が前に行かず、接地時間を長くして脚を後方に大きくスイングしキックしなければ進まない人。また、前傾ができていても足を前に出すことができなければ脚は後方で回転しているだけでまったく前に進んでいかない人がいます。
実は私は、登り坂を走るのは得意でした。逆に下りは怖くて前傾できず、ブレーキをかけてしまうので遅かったです。神野選手は下りも速いらしいです。
坂登りの走りは、自分の身体重心の位置がどこにあるかで「進むか」、「全く進まないか」が決まります。その感覚を確認する作業としては大変良いトレーニングとなります。平地を走るためのトレーニングにもなると思います。我々短距離選手も坂のトレーニングはかなりの頻度で行います。皆さんも平地だけでなく、時には坂でのランニングを取り入れて走る感覚を養ってみてはいかがでしょうか。
第4、第5の山の神になれるかも。
1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。
元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。
現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。
2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。
また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。
1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。
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