vol.44「運動会転倒」
先日、「なぜ、お父さんは運動会で転んでしまうのか?」(日本テレビ系列:ZIP! HATENAVI)というテレビの企画があり、運動会を控えたお父さんの指導をしました。
運動会での転倒、お約束のように見られる光景ですよね。この原因を解明し、走りの指導をすることで転倒しないようにする。そしてお子さんにかっこいいところを見せるという企画です。
お父さんはなぜ転倒してしまうのでしょうか。
運動会での転倒は、上体が前に前傾してしまい、脚が前に出てこないことが大きな原因のひとつです。そして脚がもつれる感じで前に転倒してしまうのです。
特に日頃運動していないにも関わらず、「子どもにいいところを見せよう」と考え、特に「若いころは速かった」と言っている人には起こりやすくなります。抜かれそうになってがんばると転ぶ人も多いです。
つまり、気持ちばかり先走り、脚(身体)がついてこない状態のときに起こるのです。大人になり、走る神経は残っていますが、動かす能力(脚筋力)は低下しています。昔、多少足が速かった人が要注意です。なぜなら、昔の速く走れた感覚が残ってしまっているからです。この感覚のズレに気づかず、「こんなはずでは」とがんばるほど自分のイメージとかけ離れていってしまいます。
「前に行かねば」と強く思うほど前傾は深くなり、重心は前に移動します。しかし、つくべき所に脚はありません。後ろでまわっているだけです。そしてついにはバランスを崩し、転倒してしまいます。笑いは取れますが、注意が必要です。骨折してしまう人もいますからね。
さて、この企画ではお父さんたちに1時間指導しました。
まずウォーミングアップをして100mを全力疾走しました。走りの分析をし、1時間のトレーニングで走りが修正できるか指導をします。
1時間後、再度100mの全力疾走をします。
結果はなんと6人(たしか)中、5人の記録が向上しました。1人は少し低下してしまいましたが、「疲れてしまい」と言っていましたので体力の問題かもしれません。
簡単に記録が伸びてしまい、私も驚きました。
大したことはしていませんでしたから。
先に書いたように、転倒の原因の1つは、筋力の低下ですが、1時間で筋力を向上することはできません。
最初は脚を前に出す練習や走る時はどの筋肉を使うかなど教えていたのですが、習得はできませんでした。動きの習得をするには時間が足りませんでした。
そこで、時間もないので走っている時にバラバラであった身体のバランスを修正するだけにしました。体の姿勢を整え、バランスを整えることにしました。
バランス能力は文部科学省の「加齢による体力調査」でも最も大きく低下してしまう体力要素です。姿勢が悪いと身体はバランス能力が下がってしまいます。
今回走られたお父さんたちは走る姿勢がバラバラでした。脚はまっすぐ着けないし、頭はグラグラ動いたり、上体も横にブレたりしていました。まっすぐ走れていないお父さんもいました。これを修正しただけです。
図1は立位の上体を示したものですが、右のように身体が歪んでいると、身体は歪んだ状態でバランスと取ろうとします。
真っ直ぐ立っていると思っていても、実際は立てていない人は多くいます。
図1
さらにこの状態で走るとなると横方向にバランスが崩れ、それでもそれを修正しながら走ることになり、効率が悪い走りとなってしまいます。また、余計な力が入ったりうまく力を伝えられなかったりします。転倒にもつながります。今回はこれを修正したのです(図2)。本来の走りに戻しただけで特別なことはしていません。
図2
これだけで速くなるんです。本来の走りに戻すと言った方がいいかもしれません。
したがって、お父さんが転倒することの根本的なものを解消したわけではなく、運動会での転倒がこれでなくなるとは思いませんが、身体のバランスを正すことだけで多少は速くなりますし、怪我も少なくなることは間違いありません。
運動会でのお父さんの転倒は、身体の感覚とのズレが一番の要因だと思います。
「もう昔とは違うのだ」ということを認識してもらうことが一番大事なことなのです。
一流選手だった指導者が選手に見本を見せてアキレス腱を断裂した、なんてことをよく聞きます。これは神経だけ優れていてそれに実際の能力(筋力)が伴わないことから発症すると言われます。私もいつかやりそうです。
お父さんは、適度な運動をして無理なくがんばり過ぎず、が一番です。
でもいざとなったらがんばってしまうんでしょうね。
1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。
元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。
現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。
2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。
また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。
1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。
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