vol.42「モスクワ世界陸上」
8月10日から18日までロシア・モスクワで世界陸上が開催されました。私も何年かぶりにモスクワに行ってきました。前回は立ち寄っただけでしたので、滞在するのは初めてです。モスクワは想像していたよりも良い街でした。
私は昨年度までは日本陸上競技連盟の男子短距離の責任者でしたので選手に帯同して大会に参加していたのですが、この4月から現100m日本記録保持者の伊東浩司氏に引き継ぎましたので今回はチームには帯同せず、TBSテレビの解説者としてのモスクワ入りです。
伊東氏は私と同期であり、高校時代から引退するまで一緒に戦ってきた同志です。
会場のルジニキ・スタジアム
大会初日は女子マラソンでした。気温30度を越え、棄権者続出の過酷なレースとなりましたが、福士加代子選手(ワコール)が見事銅メダルを獲得しました。福士選手は30キロ手前くらいで一度遅れましたが、35キロ過ぎで前を行くメルカム選手(エチオピア)をとらえ、3位に浮上。そのままゴールしました。木崎良子選手(ダイハツ)も4位に入り、日本女子マラソンの強さを世界にアピールしました。
福士加代子選手
日本の女子マラソンは福士選手の銅メダルで世界陸上11個目(金2・銀5・銅4)のメダル獲得です。世界陸上はモスクワ大会で第14回目ですから、この数がすごい数字であることが想像できると思います。
その他の日本人選手では、女子10,000mで新谷仁美選手(ユニバーサルエンターテイメント)が4位、男子マラソン、中本健太郎選手(安川電器)が5位、男子棒高跳び、山本聖途選手(中京大学)、男子ハンマー投げ、室伏広治選手(ミズノ)、男子20キロ競歩の西塔拓巳選手(東洋大)、男子400mリレーが6位に入賞しました。メダル1、入賞7でまずまずの成績でした。
モスクワと日本の時差は5時間あります。夜遅くまでテレビ観戦して下さった方も多いと思います。私は今回、テレビの仕事で行っていましたのでその仕事について紹介したいと思います。
私たちの実況・解説はもちろん生で行います。スタンドの最上段のあたりに実況席を構えています。ちょうどゴールの上あたりで、競技場全体を見渡すことができます。各国のテレビ局もたくさん来ていて、周りにずらっと実況席が並んでいます。各国の実況席には、かつての名選手がゲストやコメンテーターとして出演していて私はそちらにも目が行ってしまいます。
実況席
メインキャスターの織田裕二さんと中井美穂さんはゴール先の上の方にある特設スタジオで放送しています。
競技が終わった選手はミックスゾーンというところを通ります。ここは選手へのインタビューゾーンです。ここでは各国テレビ局のインタビュアーが待ち構えていて通過する選手を捕まえてはインタビューに答えてもらいます。ボルト選手などのスター選手は多くのテレビ局が声をかけるのでなかなかミックスゾーンを抜けられません。このミックスゾーンを抜けると今度は新聞や雑誌、ネットなどのインタビューゾーンがあります。
インタビューゾーン(写真中央の左寄り)
スタジアムでは主にこの3か所にカメラを構え、日本の皆さんに世界陸上の模様をお伝えしています。その他に、ウォーミングアップ場にもカメラが1台あり、選手のウォーミングアップの状況や、試合前の表情などを伝えています。
そして、その映像を日本に配信しているのがスタジアム横に仮設されたインターナショナル・ブロードキャスト・センター(通称IBC)です。このIBCは、オリンピックやワールドカップなどの世界規模の大会には必ず設置される国際放送局です。ここにはBBCやCNN、ESPNなど世界各国のテレビ局が集結しています。TBSはここにも仮設スタジオがあり、映像を日本に配信したり、編集を行なったりします。ニュースや朝ズバ!などの番組はここで撮影されます。
日本向けのメイン放送局であるTBSはIBCの1フロアを専有し、相当な人数がこのIBCで働いています。カメラも相当の数を持ちこんでいます。このカメラの映像は、日本向け独自のものです。その他に国際映像というものがあります。この国際映像が世界に放送されています。TBSのカメラは日本人選手や注目選手を中心に撮影しています。日本での放送は国際映像と両方が使用されています。
国際映像はここから発信
私の解説の担当は400mとハードル、リレーでした。実況はアナウンサーの方で、基本2人で行います。アナウンサーの方は、かなり勉強されていて、選手のことや選手の過去のレースなど私よりも断然深く広く知っています。私はアナウンサーの方が調べて下さった資料を頂き、あたかも知っているかのように「この選手はー」とやっています(内緒です)。ちなみにメインキャスターの織田さんもかなり勉強されていて選手のことをよくご存知です。タレントさんがスポーツのキャスターをされることが多いですが、その中でも織田さんが断トツ一番でその競技をよく勉強されているし、好きになってくれています。ホントにありがたいことです。
選手時代は気づきませんでしたが、こうしてテレビの仕事をしていると本当に大勢の人が世界陸上に携わっていることがわかります。テレビをはじめとしたメディアの方たちは、日本の皆さんにどう「伝える」のかということを真剣に考えてくれています。また、大会運営の方々も大会を支えてくれています。様々な分野の方のサポートがあるからこそ選手たちは競技できているということを再認識しました。
今回の世界陸上は、立場が変わりましたが大変楽しめました。次回は2015年、中国・北京です。2008年のオリンピックを開催した会場です。そういえば2020年のオリンピック開催国もそろそろ決まりますね。このコラムが出るころには決まっているかもしれません。(※注)もし東京に来るのであれば、その前年に世界陸上開催国に立候補するといううわさがあります。オリンピック、世界陸上ぜひダブルで来てほしいですね。
(編集部注:本記事は9月5日に作成。日本時間9月8日(日)、2020年のオリンピック・パラリンピックは東京での開催が決まりました。)
1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。
元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。
現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。
2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。
また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。
1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。
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