vol.29「ロンドンオリンピック」
8月13日、ロンドンオリンピックが閉幕しました。日本の陸上競技の入賞は、男子ハンマー投げ室伏選手の銅メダル、男子4×100mリレー5位、男子マラソン中本選手6位の3種目でした。目標はもう少し高く設定されていたので大健闘とはいきませんでした。
ロンドンオリンピック陸上男子短距離チームの選手とスタッフ
私の担当の男子短距離では100mで以前紹介した慶応義塾大学の山縣選手が予選で自己ベストとなる10秒07の好記録で準決勝に進出しました。準決勝でも10秒10をマーク、決勝進出まではあとわずかでした。山縣選手の集中力は非常に高く、オリンピックという大舞台での自己ベストは高く評価できると思います。次のオリンピックでは決勝進出、そして日本人初の9秒台も狙えるかもしれません。
他に個人種目は200mで富士通の高平選手と高瀬選手が準決勝に進出しました。2人は決勝進出を目標としていましたが、実力的には決勝進出は厳しかったので良く健闘したといえます。
前回の北京オリンピックで銅メダルを獲得した男子4×100mリレーは5位入賞を果たしました。前回のメダル獲得のメンバーで今回残っているのは3走の高平選手のみであとは新しいメンバーです。メダル獲得を目標としてはいましたが、オリンピック前の世界ランキングは13位で実力的には決勝進出を目標とするレベルでした。
しかし、オリンピック本番では予選で38秒07という日本歴代2位の好記録をマークして全体の4番目で決勝進出し、メダルが見えてきました。予選トップ通過は100m、200m2冠達成のボルト選手擁するジャマイカで、2位通過はアメリカ、3位はカナダです。カナダまでわずか0.02秒差です。上位2チームは失敗のない限り到底かなわないチームですから、ライバルは3番目通過のカナダ、トリニダートトバコ、フランスあたりです。上位すべての国が9秒台を揃えています。4人の100mの記録が10秒0台から3台の日本は得意のバトンパスワークで記録面のマイナス分を補い、上位を狙います。
2008年北京オリンピックの時も予選の結果、メダルを狙える位置にいました。北京オリンピック決勝の前日の夜、それは異様な夜でした。誰もがメダルを狙えると確信し、自信もありました。しかし、「メダル」という言葉を誰も口にしません。そわそわした何とも言えない空気だったことを思い出します。
今回は違いました。今回も同じようにメダルを狙える位置にいました。しかし、「メダル」という言葉は普通に出ていましたし、皆、やってやろうという雰囲気でした。悪い意味ではなく、皆落ち着いていて前回とは少し違う感じでした。
次の日決勝、結果は5位入賞でした。残念ながらメダルには届きませんでしたが、立派な成績だと思います。優勝したのはやはりジャマイカ。36秒84という驚異的な世界新記録でした。2位はアメリカで37秒04。こちらもアメリカ新記録です。3位にはトリニダートトバコが入りました。記録は38秒12。予選の記録を出していれば3位です。惜しい結果でした。
肩を落として帰ってきた選手たちに私は言いました。「今回も北京の時と同じようにメダルに手が届きそうだった。北京の時はそれを掴むことができた。今回は掴むことができなかった。でも届く位置に来ている。チャンスはまたきっとくる。それまでしっかり準備して、この悔しさを4年後のリオで晴らそう。」
北京オリンピックの前のオリンピック、アテネオリンピックは4位でメダルを逃しました。そして4年後その悔しい思いをしたメンバーのうち3人がメダルを獲りました。山縣選手、江里口選手、高平選手、飯塚選手、そして補欠にまわり悔しい思いをした九鬼選手、きっと頑張ってくれるはずです。今後の彼らに注目して下さい。
「チャンスに出会わない人はいない。それをチャンスにできなかっただけである」
アンドリュー・カーネギー
チャンスはまたきっとくる。
さて、話は変わりますが、皆さん選手村ってどんな感じかご存知ですか?選手村はメディアが自由に入れない環境にあるためあまり露出されません。少し紹介しましょう。
住居地区はマンション形式です。写真の棟が日本の居住マンションです。
部屋は基本2人部屋でキッチンはありませんので3部屋とリビングで3Lというのでしょうか。
食事は大食堂でとります。24時間オープンでバイキング方式。ファストフード店も入っています。居住区以外にはトレーニング施設やコンビニ、美容院、写真屋、ゲームセンターもあります。近くにはショッピングモールや駅があり、まったく不自由はありません。
選手たちはここから専用のバスで競技場に向かいます。だいたい、オリンピックやアジア大会はこうしたマンション形式の選手村が多いです。オリンピック後は分譲されるようです。いつも思いますが、オリンピックはかなり大掛かりなイベントですね。2020年東京にオリンピックが来ることになったら、どのようになるのか今から気になりますね。
ぜひとも実現してもらいたいものです。
1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。
元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。
現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。
2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。
また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。
1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。
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