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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.3 「スタート」

 6月4日(木)から6日(日)まで香川県丸亀市の県立丸亀競技場で第94回日本選手権が開催されました。日本選手権始まって以来初の四国開催です。この大会は、11月に中国広州で開催される第15回アジア大会の代表選手選考競技会になっています。

 テレビでご覧になった方もいると思いますが、天候にも恵まれ良い大会となりました。横浜出身の選手も何名か出場していました。荏田高校出身のパナソニックモバイルの吉川美香さんが1500mで優勝しました。

 さて、今年、陸上競技の走種目では大きなルール改正がありました。それは不正スタート、フライングについてのルール改正です。気付かれた方もいると思いますが、まず、スターター(ピストルを撃つ人)の「位置について」「用意」が「On Your Mark」「Set」と英語に変わりました。国際ルールに合わせた形です。かつてはその国の言葉を使用することになっていました。ですから、外国で大会がある時はその国のスタートの合図を覚えなければなりませんでした。私は400m系の種目でしたので、一番外のレーンの時は、不安でしたね。ちらちら後ろを見ながら…。もっと早く統一してほしかったなぁ。

 ちなみに
 ドイツ語auf die Platze, fertig (アウフ ディー プラッツェ、フェルティヒ)
 フランス語 A vos marques Prêts (アボマ プレって覚えましたが違うかもしれません)
 イタリア語 Ai vostri posti, pronto
 スペイン語 Preparados, listos
 チェコ語 
 ロシア語 на старт, внимание,
 ペルシャ語 

 上2つは覚えていました。ギリシャ語(エッテミ?)や中国語(ごうじょううぇい、いーぺい?)も覚えていたのですが、すぐに出てきませんね。字も不明です。韓国は「チャリヤォー」で覚えています。違うかもしれません。耳で覚えていますので。

 余談ですが、この「位置について」「用意」は日本陸上競技連盟が1928年に一般公募して決まりました。採用されたのは山田秀夫さんという方だそうです。その前は英語が使われていたようです。英語復活ですね。さらに余談ですが、水泳ではすでに統一されていて、「位置について」は「Take Your Mark」です。「Set」はありません。

 スタートのルール改正は、この合図の言葉だけではありません。フライング一回失格というルールが適用されました。 いままでは、1回目のフライングがあって、2回目にフライングがあった時、その2回目にフライングをした選手が失格というルールでした。1回目にフライングした選手は2回目にフライングしなければ失格にはなりません。2回目の誰がやっても失格ということです。

 この今までのルールは、正直違和感がありました。それより前のルールでは2回フライングをした選手が失格でしたのでまだわかりやすかったのですが…。

 とにかく国際陸連のルール改正によって1回でのフライング失格というルールが始まりました。「2回目誰がやっても」のルールよりは明確で良いと思います。今は始まったばかりでまだいろいろと問題がありますが、しばらくすれば解決していくと思います。

 皆さんは、このフライングスタートはどのように判定しているかご存知ですか?小さな大会はスターターと審判の目視で判定していますが、オリンピックや世界選手権、今回の日本選手権も判定装置なるものを使用しています。スタートの時に使用するスターティングブロック(足をかける器具です)にセンサーが取りつけてあってコンピューターに繋がっています。このセンサーは、選手の脚からの圧力をスタートについた時からずっと測定しています。スタートの号砲が鳴って0.1秒以内でセンサーが脚からの圧力を設定基準以上に感知するとフライングと判定し、スターターに合図を送ります。そしてスターターはフライングのコール(ピストル音)を鳴らします。自動的に「バン!」と鳴るシステムもあります(今回は使用されませんでした)。

 なぜ0.1秒なのかといいますと、ヒトは音を聞いてから0.1秒以内で反応できないという、生理学的根拠に基づいています。複雑な経路は省きますが、音が鳴って効果器(耳)にその音の波が入ると、まず鼓膜を振動させます。そして、その振動は身体でもっとも小さい骨であるツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨を伝わり増幅され、内耳のリンパ液で満たされた蝸牛(かぎゅう)の中の聴覚器から神経細胞によって聴神経を通ります。そして延髄や脳幹を通過、大脳の側頭葉に情報が届きます。そこで初めて音と認識し、今度は1次運動野から「動け」という指令を出します。運動の指令は、錐体路を通って脊髄に伝わり、脊髄から筋に伝わり始めて身体が動きます。その間、0.1秒以内で動くのは不可能ということです。つまり0.1秒以内ならヤマをはってスタートしたと判断できるという訳です。

 聴覚における反応時間については、様々な研究がされていて、0.182かかるというものから0.115秒かかるという研究まで一致していませんが、大体0.15秒くらいが平均とされています。人間ってすごいですよね。ジャマイカのウサイン・ボルト選手がドイツ・ベルリンで100m9秒58の世界記録を出した時の反応時間は0.146秒です。今回日本選手権100mで10秒26の記録で優勝した早稲田大学の江里口匡史君は0.125秒でした。江里口君はスタートの得意な選手です。

 中高校生の大会や、ローカルな大会ではまだしばらくは1回フライングのルールや英語での合図は適用されていませんが、いずれ国際ルールに準じていくようになっていくと思います。こうしたルール改正の是非は別として、これからの陸上競技スプリントでは1回でのフライング失格により、緊張感のある緊迫したレースとなるでしょう。

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

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