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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.57「文体のタカマツペア」

 

 

 横浜文化体育館にS/Jリーグが来ると聞いて、1月の日曜日すっ飛んでいったのだ。バドミントンの国内最高峰リーグである。以前は「日本リーグ」とシンプルに呼ばれていたが、それはひとつ下のカテゴリー(2部リーグ)の呼称になり、2016年から「シャトル」「スマッシュ」「スピード」等、の頭文字「S」とジャパンの「J」から取った「BADMINTON S/J LEAGUE」がトップディビジョンになった。ニュアンスとしてはイングランドサッカーが「フットボールリーグ」という伝統ある名称を2部にまわし、90年代、新たに「プレミアリーグ」を創始したのによく似ている。

 

 S/Jリーグは目下、大人気だと聞いた。CSスポーツチャンネルの中継も反響が大きいらしい。またどこでやっても会場が埋まる。試合は基本、男子と女子2つの対戦カードがセットになり、日本中をサーキットしている。僕が見に行った文体の試合は、男子が「日立情報通信エンジニアリングvs三菱自動車京都」、女子が「日本ユニシスvs岐阜トリッキーパンダース」だった。「一粒で二度おいしい」じゃないけれど、2カード味わえるのは大変おトクだと思う。ちなみに「日立情報通信エンジニアリング」は地元横浜のチーム(西区みなとみらいに事務局を構える)だ。社員応援もあるから文体は満員の入りだ。すごい熱気だ。

 

 が、地元男子チームだけが熱気の理由ではない。女子の試合で一番人気の「日本ユニシス」が登場するのだ。日本ユニシスにはリオ五輪金メダルの「タカマツ」ペアこと髙橋礼華、松友美佐紀両選手、そして銅メダルの奥原希望選手が所属している。つまり、バドミントン界の華だ。「スエマエ」「オグシオ」と歴代、協会が売り出してきたなかで「タカマツ」ペアの活躍は群を抜いている。またシングル銅の奥原はアイドル級の人気を獲得した。五輪中継で見たスター選手が全国をサーキットして、今度は横浜にやって来た。そりゃ客席が埋まらないわけない。

 

 まず観客構成をウォッチした。案外、「追っかけ」っぽいファンは少ないと思った。試合前に「公開練習」の時間が設けてあって、そこで男性ファンが写真を撮りまくってるのかなぁと想像していたが、節度というかデリカシーがある。会場で目についたのはむしろバドミントン少女だ。部活でバドミントンをやっている子が目を輝かせ「タカマツ」ペアを見ている。憧れの存在なのだ。「タカマツ」ペアは単に金メダルを獲ったのではないと感じた。日本のバドミントン競技のことも、部活でそれに取り組む少女たちの存在も、まとめて「アゲて」くれたのだ。マルをくれた。大きく肯定してくれた。

 

 僕らはリオ五輪の松友選手がコメントで「髙松先輩」を連発するのを興味深く見つめた。「タカマツ」ペアは高校(仙台市の聖ウルスラ学院英智高)の先輩後輩だ。高校時代のペアが、社会人になってもペアを組み、日の丸をつけて五輪で金メダルに輝く。部活のバドミントン少女のリアリティーが金メダルまで届いてしまった。それはしびれる。部活バドミントンの空気を吸った人にはたまらないものがあるだろう。

 

 しかし、筆者は、自分がバドミントンのことを何もわかってないなぁとあらためて考えた。リオ五輪前、大騒動になった田児賢一、桃田賢斗選手らの不祥事もそうだ。あれはバドミントンがマイナーな世界ではない(だからこそ危険もひそむ)ことを思い知る契機でもあったと思う。事件後は、マレーシアにビッグマネーを稼げるプロリーグがあることを初めて認識した。知れば知るほど面白い。広がりがある。

 

 ためしに「バドミントン」という競技名称はどういう意味なのか調べてみたのだ。子供の頃から慣れ親しんだ名前だけど、そもそもの由来を知らない。何とこれは地名だった。イングランド南西部グロスターシャーにバドミントン村という場所があるそうだ。19世紀、植民地インドから伝わった羽根突きの遊びが当地の「バドミントン荘」という邸宅で興じられ、その「バドミントン荘」が競技名として残ったのだ。これは言ってみれば「トキワ荘」で発展したマンガを「マンガ」と呼ばず、ずっと「トキワ」と言い続けてるようなものだ。我々は飛行機に乗れば「バドミントン荘」へ行けるらしい。行ってみたいなぁ。

 

 そんなことを言ってるうちに試合が始まり、そのプレー水準の高さに僕は驚愕する。まず何に感動するといってスピード感だ。俊敏性、反射の速さ、読みやアイデアの速さ、そしてシャトル自体の速度。ちなみに男子のスマッシュは初速500キロ近く出ていて、シャトルの空気抵抗でそこからぐっと終速を下げるのらしい。見ていて試合のリズム感に引き込まれる。選手の運動神経、それから肩の可動域や下半身の粘りにも感心する。何となくかけひきも想像して見る。これは「見るスポーツ」として十分成立している。

 

 「タカマツ」ペアは圧倒的だった。まったく危なげなくストレートで勝ち切る。S/Jリーグのサーキットは事実上、2人の「凱旋公演」でもあろうが、モチベーションは切れていない。金メダルの後、バーンアウトしてしてないか心配だったが、完全に杞憂であった。まぁ、次は東京五輪だ。バーンアウトなんてしてる場合じゃないのか。

 

 さて、僕は「タカマツ」ペアの試合で「タカマツ」ペアじゃないほうにも目を向けていた。対戦相手だ。金メダルペアに圧倒された側の「岐阜トリッキーパンダース」。名前がすごい。トリッキーなパンダだ。これまで「笹を食べるパンダ」とか「繁殖を期待されるパンダ」とか、常識的に想定し得るパンダ像があったと思うが、「トリッキーなパンダ」は考えなかった。どんなパンダだ。どうもクラブチームらしい。男子は大阪に本拠を置き、女子は岐阜であるらしい。

 

 さっそく確認してみると元は実業団の「NTT西日本大阪(NTT関西)」であったらしい。2003年、会社の合理化のあおりを受けて廃部が決まり、クラブ化に踏み切る。NPO法人を旗揚げして、翌2004年、日本リーグ(当時)初のクラブチーム「大阪トリッキーパンダース」が誕生する。女子の「岐阜トリッキーパンダース」が創部されるのは2006年のことだ。僕は同じ時代、古河電工アイスホッケー部の廃部から出発した「日光アイスバックス」を支援し、経営陣に加わった経歴があるから、クラブチームの苦労は人一倍わかるつもりだ。

 

 通称「トリパン」。これは気になるチームを見てしまった。「タカマツ」ペアの出場試合だけじゃなく、3試合とも「日本ユニシス」にストレート負けだ。潔く散ったとも言えるし、レベルが違うとも言える。だけど、この文体開催のS/Jリーグ、現在の日本バドミントンシーンの濃厚な縮図だったんじゃないかなぁ。一方にメダリストの世界があり、他方に「トリパン」の情熱がある。すごく面白かったです。また見に行きたい。

 

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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