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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.56「マーダーボール!」

 

 

 ウィルチェアーラグビーをご存知だろうか。リオデジャネイロパラリンピックで、日本代表が初めて銅メダルを獲得した競技だ。英語表記すると「Wheelchair Rugby」だから単に車いすラグビーという意味だけど、僕はカタカナ的な連想で最初のウィルを「Will」みたいに感じていた。というのは取材に先立ってYouTubeを見て、あまりの激しさに仰天したからだ。ガツンッ、ドーンッ。めいっぱい車いすをぶつけている。ウィルは意志の「Will」じゃないのか。

 

 日本代表選手の若山英史さんに横浜ラポールでお話をうかがった。若山さんはクラブチーム「横濱義塾」のヘッドコーチ兼選手。パラリンピックには2012年ロンドン、2016年リオの2大会に出場している。19歳のとき、事故により車いすでの生活を余儀なくされる。が、リハビリ施設でウィルチェアーラグビーを題材にした映画『マーダーボール』に出会い、人生を一変させることになる。

 

 「友達と遊んでいて、プールに飛び込んで頸椎を損傷しました。頸椎損傷は交通事故より飛び込みの方が多いんですよ。手術した後にドクターから『この先たぶん歩けるようになることはほとんどない』っていうことを聞くんです。19歳のときなんですけれど。一週間ぐらいですかね、泣きました。すごく悲しかったですし、親にも申し訳なく思いました。2か月ぐらい経ってから違うリハビリセンターに移るんですけど、そこのリハビリの先生はそういう患者さんをいっぱい見てきている方なので、ズバンと『親の方が先に死ぬんだから、自分でやれることはすべてやらなきゃいけないんだから、しっかりここでやっていけ』と強く言われて、確かにそうだなと。そこからだんだんと、あれはできないけどこれはできるようになったなって、普通にやれることが増えると楽しいというか、後ろ向いてくよくよしているヒマなんてないって思えましたね」(若山さん)

 

 映画『マーダーボール』(直訳すると「殺人ボール」?)の感想は「気持ちよさそう!」だった。やっぱりガシンッ、ドーンッのインパクトは絶大だ。日本の日常のなかで車いす生活者は過剰に「やさしく」保護される。危険のないように、不都合のないように。ときにはそれが煩わしくも思える。思い切り車いすをぶつけ合うウィルチェアーラグビーは、その地平から完全に突き抜けていた。

 

 「実際に練習参加してみると、やっぱり面白かったです。ラグビーというよりもアメフトに近いですね。前にボール投げるし、ボールに関係ない選手にタックルできる。一台150万円くらいする競技用の車いすを惜しげもなくぶつけている(笑)」

 

 ウィルチェアーラグビーは1チーム4人で行われ、障害の程度によって決められる出場選手の点数の合計が常時、8点以下でなければならないルールがある。若山選手は1.0点のローポインター(障害が重いほど点数が低くなる)だ。

 

 「僕は同じローポインターのクラスの中でもスピードがあります。今の日本代表のパターンとして、まず高さのある人間にボールを落として、そこからもう1人のエース、ダブルエースみたいな感じでなんですけど、そのエースをとにかくフリーにさせてあげるために、僕らが身体を張るんです。どうしてもハイポインターが目立ちがちですが、彼らだけでは止められてしまうところを、僕らがブロックに入って道を作ってあげるっていうのが主な役割なんです。
 ローポインターが強いのはアメリカ、カナダです。ローポインターが相手のハイポインターを疲れさせ、ゲームメイクをする。また逆にハイポインターが疲れてまわりが見えなくなったとき、僕らローポインターがしっかり落ち着いてゲームメイクできれば、(ハイポインターは)頭より漕ぐ力のほうに専念できるんです」

 

 僕は断然、その「ローポインター目線」のウィルチェアーラグビーに興味を抱いた。ガツンッ、ドーンッとぶつかり合う迫力にばかり目を奪われていたが、若山さんの言ってるのは戦術的な醍醐味の部分だ。そして、それはどうもつぶれ役になったり、ゲームメイク役を務めたりするローポインターがキーになっているらしい。これは生の試合が見たい。と、年の瀬も押し詰まった12月16・17・18日、「三井不動産 第18回ウィルチェアーラグビー日本選手権大会」(@千葉ポートアリーナ)が行われることが判明する。もちろんダッシュで出かけた。自分の目で確かめたい。

 

 「横濱義塾」(神奈川)の試合を2つ見た。ラグビーの名がついているけど、ボールは楕円球ではなく、バレーボール5号球を基に開発された真円の公式球だ。競技の雰囲気も「ボールを所有するオフェンスは、40秒以内にスコア(ゴール)しなければ、所有権が相手に渡る」(40セコンド・バイオレーション)とバスケを連想させたり、「ファウルを犯した選手がペナルティーボックスに入る」とアイスホッケーを連想させたりする。カウンターが有効なところはフットサルにも似ている。僕は「ローポインター目線」だから、守備の追い込み方やスペースの消し方を大変興味深く見つめた。

 

 ゴールラインまでボールを運ぶ方法はパスでつなぐか、もしくは車いすのヒザの上に置いてドライブするかだ。守備側はガツンッ、ドーンッのタックルを仕掛けたり、コースに身体を入れて止める。対戦相手に圧力の強い選手がいるとなかなか厄介だ。僕が見た2試合では「Okinawa Hurricanes」(沖縄)のマット・ルイス選手、「Freedom」(高知)の池透暢選手が大迫力だった。ちなみにマット・ルイス選手はオーストラリア代表、池透暢選手は日本代表キャプテンだ。

 

 そして我らが若山英史選手! タイプとしてはキレとスピードで勝負する印象だ。コートが広く見えている。常に意図があった。観客からすると面白い選手だ。いつも何かを狙っている。たぶん2020年東京パラリンピックを考えると、強豪国はフィジカルに優れ、圧力の強いチームになるだろう。対抗するにはフィットネスのレベルを上げるしかなさそうだ。若山選手のような戦術眼があり、かつハードワークできるプレーヤーは「ウィルチェアーラグビーのジャパンウェイ」を構築する上で貴重だと思った。

 

 僕は一度、読者にも実戦を見てほしい。まぁ、やっぱりガツンッ、ドーンッの生の音(想像していたより、はるかに派手だ!)にはビビる。で、次第に音に慣れてくると選手らの気持ちのつくり方にしびれる。僕の脳裏に浮かんだ言葉をそのまま記しておこう。「こいつら、最高かよ!」。障害者スポーツじゃなくて、スポーツだ。

 

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えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

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「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

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