vol.37「クワイエットプリーズ!」
横浜市体育協会のYさんから「次回はゴールボールの欠端瑛子選手はどうでしょう?」と打診があって、僕は少し奇妙な感覚にとらわれた。数日前、『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』(双葉社)の著者、村瀬秀信さんとラジオ番組でご一緒して「欠端の人命救助」の話をしたばかりだ。何か自分の第六感のようなものがものすごく欠端家のほうを向いてるらしい。こういう流れには乗っかることにしている。もちろん二つ返事だ。ロンドンパラリンピック金メダリスト(女子ゴールボール)の欠端瑛子選手に取材オファーを出したのだ。
たぶん報道を通じてご存知の方が多いと思うが、欠端瑛子選手はロッテオリオンズ→横浜大洋ホエールズ&横浜ベイスターズで活躍されたプロ野球投手、欠端光則氏のお嬢さんだ。特に1980年代後半のホエールズでは遠藤一彦に次ぐ主戦級右腕として大活躍された。「人命救助」というのは既に引退し、球団スカウトに転身されていた2008年、JR根岸線関内駅ホームから転落した女性を線路に駆け降りて救ったのだった。この美談はスポーツ紙等で大々的に報じられ、後々までファンの語り草になった。村瀬秀信さんや僕のような野球ファンは今でも関内駅ホームでぼーっとしてるとき、あぁ、ここで「16番」が人命を救ったんだと考えたりする。
だから2012年ロンドンパラで欠端瑛子選手が日の丸を挙げたと知ったときは感慨もひとしおだった。欠端投手は愛嬌のある風貌だったけど、お嬢さんもめっちゃ可愛い。僕は欠端投手と同世代なので、つい親目線になってしまう。生まれつき弱視だったそうで、それはご家族は人知れず心配もし、また愛情も注がれたことだろう。その子がゴールボールという競技に出会って世界にチャレンジする。もう嬉しくて泣けちゃうなぁ。
「中学まで一般の学校で、高校から横浜市立盲特別支援学校に通ったんです。そこに入学してゴールボールっていう障がい者競技があることを知りました。最初は怖かったです。体育の授業だったんですけど、高校1年の時はできなくて見学してたんです。あざも出来るし、目隠ししてるし、けっこう速いボールを投げる人もいたんで見てるだけで怖くて。でも、クラスメートが関東の盲学校の大会に出場したいけどメンバーがいないってことになって。『カケ! 出来るんじゃないの? ちょっとやってみない?』『えー怖いけど、わかった、やってみる』ってやったのがきっかけです(笑)」
最初の最初、人数合わせからスタートしたようなものが金メダルまで行き着くのだ。僕は漠然と「アスリートのDNA」といったものを想像した。ゴールボールの詳細はよく知らなかった。こう絵ヅラを見て、サッカーのPK戦のような競技だなぁと思った。で、ボールを投じるとき、1988年ホエールズ開幕投手の血はきっとモノを言ってるに違いないと思った。そうしたら欠端瑛子選手は「運動神経はあんまりいいほうじゃなかった」とサラッと言うのだ!
「小学校の頃から体育とか、外でドッジボールとか走ったりとか、そういうのは本当に嫌いでした。何をやっても自分はダメだと思っていたんですけど、ゴールボールはすんなり入れちゃって。この競技はコートの中で全員が目隠しをしているんですよ。全員同じ条件。例えばドッジボールって自分は弱視だから自分だけボールを当てられたりするのが嫌だなーって思ってたんですけれど、自分でも出来る競技があるんだなって。投げるのも楽しかったし、きちんとボール止められたらすごく嬉しいって実感できたからですかね」
もちろん運動神経が悪かったのではない。スポーツに対し、頑なに閉じてしまっていた心が解放されたのだと思う。ゴールボールは彼女の世界を変えた。自分に打ち克つこと、仲間と団結すること、爽快な汗、勝つ喜び、負ける悔しさ…。そうした全てをリアルに教えてくれた。そしてこれまで考えもしなかった遠いところまで連れ出してくれた。それがロンドンであり、次はリオになるはずだ。
体育館の床に座って、ゴールボールの試合形式を実際に見せてもらった。選手が間近にいてこちらの目線が低いので、転がってくるボールの距離感や選手どうしのコーチング(声かけ)が小津安二郎ばりのローアングルで迫る。コートサイズは18×9メートルだからバレーボールと同じだ。そのエンドラインに横長(つまり、9メートル)のゴールが設置される。感じとしてはハンドボールやアイスホッケーのゴールを横に3つ繋げた感覚。その9メートルのゴールを3人が横に並んで守る。アイシェード(目隠し)をして、ゴムボールのなかに入った鈴の音を聴きながら競技をする。だからセットのタイミングで審判が必ず「クワイエットプリーズ!(ご静粛に)」と言う。
「最初は音を聴くのが難しかったです。コートの感覚も難しかったですね。コートの中の目印を足や手で触って自分が今どこにいるのかを確認するんですけれど、最初は『ここどこ?』って感じでした」
その「どこにいる?」「どこに来る?」という判断が興味深かった。選手らは床面を叩き声を出し、自分の位置はここで、どのコースに敵のボールが来るか伝え合う。スローする側はダミーの足音をさせたりして、相手を混乱させようとする。これはたぶん集中力の勝負だ。ガマン比べというか心理戦だ。3人一組のチームスポーツになってるところが醍醐味だなぁ。これが個人競技なら、勘や反射神経の研ぎ澄まされたプレーヤーが勝つだろう。団体競技は補い合い、高め合うチームが強いんじゃないか。
欠端瑛子選手に自分のストロングポイントを尋ねると「素直なところ」という言葉が返ってきた。課題にしているところは「一球で仕留める投球」だそうだ。リオ予選突破はかなりハードルが高くなったそうだが、「金メダルを獲ります」と気負いなく語る。応援したくなったなぁ。そしてゴールボールを沢山の人に実際に見てもらいたいと思った。素人はどこを見ればいいでしょう? 欠端瑛子選手に観戦のコツを尋ねたが、愚問だったようだ。返ってきた答えは「見るのでなく、音を聴いてください」。激しくて、かつ繊細なスポーツだ。音を聴きましょう。クワイエットプリーズ!
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
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「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
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「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか
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