vol.66「ハマスタの日本シリーズ」
これを書いているのはアジアプロ野球チャンピオンシップ2017の開幕戦当日だ。稲葉ジャパンの奮戦を見ればたぶん頭の中も切り替わると思うのだが、この2週間、ずっと日本シリーズの余韻が続いている。具体的にはゾンビネーションが聴こえる。どのゾンビネーションかというと第5戦の8回表、パットン将軍が2死1、2塁のピンチを招いてしまったとき、いきなり聴こえてきたやつだ。皆、思いも寄らなかったのでヤスアキジャンプが一拍遅れた。山崎康晃自身プロ初となる回またぎの登板。スコアは5対4、わずかに1点リード。迎えるバッターは柳田悠岐だ。
あの夜は興奮して頭がどうにかなりそうだった。柳田を三振に切って取り、ピンチを脱したものの、9回表、またまた2死満塁のピンチを招く。山崎康晃は魂の投球をした。見事抑え切って、5対4の勝利。ベイスターズは2勝3敗と星を戻して、再び敵地ヤフオクドームへ向かうのだ。
言っておくが、僕は長年のパリーグ党だ。日ハムを東京時代から応援している。今のファンはそんなでもないかもしれないが、僕の世代は「打倒セ!」だ。ソフトバンクの日本一を信じて疑わなかった。が、今年のベイスターズにはすっかり心奪われた。プロ野球チームのくせに高校野球みたい一戦一戦成長するのだ。肩入れしないわけにいかない。
流れを変えたという意味では、新人・濵口遥大の好投で一矢報いた第4戦だって捨て難い。3連敗で後がない状態から反撃の狼煙が上がった。だけど、興奮度で行ったら断然、第5戦だ。冒頭書いた山崎康晃初の回またぎも凄かった。4回裏、ついに飛び出した筒香嘉智2ランも凄かった。ハマスタは、横浜の街はあの夜、野球に酔いしれたのだ。何かとてつもなく甘美なものに、自分の人生をかけたものを肯定してくれるような何かに皆、出会っていた。
そのしびれる夜を病室で耐えていた一人のベイスターズファンの話をさせてほしい。ライターの村瀬秀信さんだ。『4522敗の記憶』(双葉社)の著者として知られる筋金入りのホエールズ&ベイスターズ党。僕はこのポストシーズンの間、LINEで試合の感想を言い合ったり、ずっと村瀬さんと連絡を取っていた。
LINEのやりとりを見ると、第2戦、ソフトバンクに先制された時点で、僕から「むしろ先制されていいと思うんだよね。盤石の逃げ切りパターンを破ってあわてさせたほうがいい。シーズン中、9割勝ってるパターンを崩すと、ホークスは不慣れな試合をすることになります」というのを送っている。パを知る者として先輩風を吹かしている。その後、宮崎敏郎の逆転弾が飛び出し、村瀬さんから「おおおおおお!」「その通りの展開です!!」という歓喜の声を返ってきた。で、僕が「うまくすれば矢吹丈がホセ・メンドーサと打ち合ってるうちにコークスクリューパンチを打ってた(!)みたいになりますよ」と予言めいたやつを送った。そこまではノリノリ。
そこから暗転する。「野球とは!?」「野球とは!!!」。これは例のリプレー検証、「神の手」ホームイン直後の村瀬さんだ。アウトセーフが覆るっていうのは、長く野球ファンを続けている人ほど違和感がある。そして「悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて。試合終了後、寒気がすると思ったら熱が40度出てしまいました。サム男!!」というのが来た。試合終了後だ。ベイスターズを愛してやまない村瀬秀信さんはハマスタ開催を目前にして熱で倒れていた。
翌日、届いたLINEは驚くべきものだった。「がんばれがんばれ言っていたら今度は顔の右半分が腫れてしまいました、顔腫れ!!」「ついに肺炎で入院してしまいました…。病室、テレビないんですよ。これ、4連勝の布石のように思えてなりません」「98年は西表島でした。4タテを信じています」 いや、僕は風邪ひいた程度のことだろうとタカをくくっていたのだ。実際は救急車で運ばれていた。肺炎と副鼻腔炎で緊急入院だ。ベイスターズが日本一になった1998年は、どうやら村瀬さんは西表島にいて、歓喜の輪に加わり損ねたらしい。今回も入院する羽目になったから吉兆じゃないかと言っている。
弱小球団を応援してきた者に特有の心理だと思った。東京時代から日ハムを応援してる僕は大いに納得である。自分がツキを持ってないんじゃないかとどこかで感じているのだ。この入院は野球の神様の仕業ではないか。あるいは自分はベイスターズが勝つと死んじゃう病なのではないか。
そうやって村瀬さんは病室でハマスタの日本シリーズを迎えたのだ。「中学生の時みたいに布団に潜ってラジオを聴いています」「鳴り物応援は22時までですが、病院は21時消灯時間が厄介です。何度か叫んでしまい、看護婦さんに怒られました。無理ですよ」 第5戦、筒香がホームランを打ったときは布団のなかで大声を上げた。副鼻腔炎だから鼻から血がドバーッと飛び出したそうだ。
「最高のシーズンでした。ホークスすごい。うちにいた内川があんなにすごいバッターだったって、あの場面で初めて教わった気がします」「アホみたいに涙が止まらなかったです。野球はまだ知らないことだらけです」
第6戦、内川聖一の同点ホームランはグウの音も出なかったらしい。元ベイスターズの内川が「横浜を出る喜び」とコメントしたのはずいぶん前のことだが、ファンにとっては消せない傷跡のようになっていた。が、この日本シリーズでふっ切れた。結局、サヨナラ負けを食らってシリーズを2勝4敗で失う。
だけど、僕たちは見た。ベイスターズという「あしたのジョー」はシリーズ後半、堂々とソフトバンクとやり合い、「コークスクリューパンチ」を放っていた。実戦のなかで揉まれて、強くなった。その上、この「あしたのジョー」は真っ白に燃え尽きていない。来季に向かって燃えさかっている。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか
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