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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.65「史上最大の下克上」

 

 2017年の横浜DeNAベイスターズはドラマだった。お盆からこっち、ファンは上がったり下がったり、ジェットコースターに乗ったような気分だったと思う。8月20日からの巨人戦は3連敗だ。が、22日からの広島戦は3連続サヨナラ勝ちだ。やることが派手だ。9月1日にはシーズン途中で異例の新スローガン「OUR TIME is NOW」を発表する。そこから巨人とのCS出場権争いだ。9月下旬の阪神5連戦は熱かった。これに3勝1敗1分けと見事勝ち越し、猛追巨人を振り切る。これだけでベイスターズファンは「ご飯何杯でもいける」感覚だ。巨人をBクラスにつき落とした!10月1日、Aクラスを確定させ、2年連続のCS出場決定!

 

 が、それはドラマのほんの序章だった。CSが異様な濃密さだったのだ。僕は1998年、権藤ベイスターズの爆発に匹敵する物語だと思っている。間違いなく語り草になるだろう。まず2位阪神の本拠地、甲子園球場へ乗り込んでのファーストステージだ。キーワードは雨だった。

 

 僕はファーストステージ第1戦の日(10月14日)、偶然、仕事で大阪にいた。雨予報でどうなるかなぁと思っていたらどうにか持ちこたえた。試合は阪神のエース、メッセンジャー(土壇場で見事、戦列復帰!)に抑え込まれて沈黙だ。映像で確認すると皆、ちょっと硬くなっている。福留孝介に決勝2ランを食らった。ベイスターズファンのライター、村瀬秀信さんに「どんまい!」とLINEを送ったら、「毎回毎回福留にやられる輪廻を繰り返しております」「FAのとき、手なんかあげなきゃこんなことにならなくてすんだはずです」と嘆き節だった。

 

 が、翌15日、球史に残る「泥試合」(とスポーツ紙により名付けられた。本来の言葉「泥仕合」は相手の弱点・秘密等を暴きたてて醜く争うこと。だからちょっと意味が違う)で流れが変わる。甲子園はどしゃ降りだった。試合開始も1時間以上遅れ、CSの過密日程でなかったら雨天中止だったに違いない。阪神園芸の奮闘がなかったら試合は成立しなかった。

 

 田んぼ同然のグラウンドに何度も砂を入れ、試合が続けられた。マウンドの土がすべるから、投球がままならない。ケガが心配だった。6回、手元の狂った球が筒香嘉智を襲い、のけぞって避けたら踏ん張りがきかず、ずるずるっと倒れ込んでしまう。筒香のユニホームは泥々である。7回には梶谷隆幸の打ち損じた当たりが内野の水たまりで止まり、あわててダッシュした阪神・梅野捕手がずるっとすべって送球ミス、梶谷はまんまと2塁まで進む。ちょっと野球だか何だかわからなくなってきた。

 

 言わば気持ちの強いほうが勝つ「泥んこ合戦」だ。泥だらけのユニホームはお母さんに文句言われながら洗濯してもらうやつだ。ベイスターズはこれに勝ち切った。あ、そうそう、阪神のドラ1・大山悠輔がホームランを含む猛打賞の活躍で気を吐いたのはぜひ記しておきたい。去年の秋、当コラムは横浜市長杯の取材で白鴎大の大山をウォッチした。ひと目で気に入った。今季は苦しんでいたが、後半戦やっとプロの水に慣れた感じだ。

 

 翌16日はさすがに雨天中止。明けて17日は昼まで雨だったが、阪神園芸のスーパーな頑張りで無事ナイターが行われる。第3戦は阪神先発の能見篤史が1アウトしか取れずKOという波乱の幕開けだった。ベイスターズは3点を先制し、主導権を握る。ロペスのホームラン等で大差をつけ、見事ステージ突破だ。歓喜に沸く応援席は「阪神園芸さんありがとう!」のバナーを掲げた。もし、コンディション不良で中止だったら、ペナントレースの順位により阪神が勝ち抜けていた。

 

 さぁ、ファイナルステージだ。18日のマツダスタジアムは試合前まで曇天だった。ぶっちぎりの優勝を決めたカープが相手だ。第1戦の先発は広島が薮田和樹、ベイスターズが石田健大だった。石田は上々の出来だったと思う。4回まで全くカープ打線を寄せつけなかった。が、試合が進むにつれ雨が激しくなる。集中を乱したのか、5回裏、ランナーをためて田中広輔にタイムリーを食らう等、3失点。そうしたら、試合は36分間の中断の後、降雨コールドである。先手を取られた。アドバンテージを入れて広島の2勝である。

 

 だけど、今年のベイスターズは力をつけた。第2戦は僕が「CSベストベーム」と考える試合だ。先発は広島が実績十分の野村祐輔なのに対し、ベイスターズはルーキーの濵口遥大だった。この試合は何といっても5回表、代打乙坂智の場面だ。

 

 これは本当にしびれた。スコアは2対1、ベイスターズの1点リードだ。2死2、3塁のチャンスが訪れる。広島バッテリーは柴田を歩かせ、高城との勝負を選択した。ここでラミレス監督は高城を下げ、代打乙坂を送る。勇気がいる采配だ。セオリーでは、勝ってるゲームで捕手は変えない。これに乙坂が応えたのだ。試合を決定づける2点タイムリーを放つ。この試合だけでなく、シリーズの行方をも決定づけた一打。狙って、仕掛けて、流れを掴み切る。ベイスターズはこんな芸当をやってのけるチームになっていた。

 

 流れが変わった。第3戦、第4戦は1対0、4対3のクロスゲームだ。これを「マシンガン継投」で勝ってしまう。「マシンガン継投」というのはラミレス監督の一人一殺リレーを、98年優勝の「マシンガン打線」にひっかけて呼んだものだ。ラミレス監督はシーズン中とは全く異なるきめ細かな継投を見せた。メディアはその用兵がいかにデータに基づいていたかを伝えた。「神采配」ならぬ「ラミ采配」と呼んだ媒体もある。皆、勢いを感じていた。その勢いは(第3戦4戦の間の)2日間の雨天中止でも途切れなかった。敵地マツダでベイスターズが王手をかける。

 

 第5戦はその勢いのまま、弾ければ良かった。宮崎2号ソロ、桑原1号2ラン、筒香2号2ラン、筒香3号ソロ、梶谷1号2ランと5本のホームランが飛び出した。9対3の圧勝だ。マツダスタジアムはすっかり静まり返る。一方、パブリックビューイングを実施していたハマスタは大騒ぎだ。人がどんどんやって来て球場に入り切らない。ペナントレース、14.5ゲーム差からの下克上は過去に例がなかった。チャンピオンは広島カープだったかもしれないが、ウイナーはベイスターズだ!

 

 

 附記、日本一になった98年以来、19年ぶりの日本シリーズ進出という快挙に、当コラムは初の2ヶ月ぶちぬき企画で対応しようと思います。来月は日本シリーズ編をお届けします。一体どんな野球ドラマが待っているのでしょう。

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
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「アルビレックス散歩道」

Web
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「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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