vol.32「旅は続いている」
横浜ビー・コルセアーズの心臓、山田謙治選手にお会いしたのだ。ゲームは何度も拝見している。チームが波に乗るシーズンもその逆でも、勝ってるときも苦しいときも、僕の印象では何か超然としている。ハートが熱くないわけじゃない。が、ひとり別の空気を吸ってるような独特のたたずまいがある。あの感じは何だろうかと思っていた。
それはね、平たく言うとカッコいいのだ。ありふれた言い方をお許しいただくなら「カリスマ」がある、というニュアンスに近い。こう何ていうのかな、学校のクラスで皆がわーきゃー言ってるときに、ひとり独特のリズムで生きてる感じがした子はいなかったろうか。落ち着いてるんだ。その子にだけ別の何かが見えている。僕から見ると山田選手は典型的にそのタイプだ。どんな少年時代だったか、真っ先にそこのところを訊いた。
「どうなんでしょうね、活発なフツーの子ですよ。旭区の希望が丘です。今みたいに家が多くなくて、森っていうのかな、自然だらけでした。だから外で遊ぶのが当たり前で、あとはミニバスですね。ミニバスは小学校3年くらいから始めました。身体が小さかったんですよ。僕は小学校卒業のときも146センチしかなかった」(山田選手)
東希望が丘ミニバス部。伝説のチームだ。山田さんたちの代が最初に全国制覇を成し遂げ、その伝統が引き継がれていく。当時、指導に当たられた長井章監督と子供たちのストーリーはそのまま少年ジャンプの世界だ。で、山田謙治少年は(身体こそ小さいものの)ずば抜けた存在だった。スピードとセンス。こういうのは教えてどうにかなるもんじゃない。
だからね、希望が丘に天才バスケ少年がいたと思ってください。さぁ、彼はどう生きていくか。もちろんどんどんバスケにのめり込むね。そしてチャレンジしていく。山田さんはホントに井上雄彦さんにマンガにしてもらいたい感じですよ。各年代カテゴリで全部優勝している。それどころかJBL(NBLの前身です)、bjリーグの両方で優勝を経験している。これは何かというと生まれ持った「ギフト」のほかに、「経験」という財産も持ち合わせてるということですよ。それは落ち着いて見えるね。当たり前だ。
で、その「経験」ってものが一筋縄ではない。僕は天才バスケ少年は、その才能ゆえに旅をしたのだと思う。さっき喩えに出した「少年ジャンプの世界」「井上雄彦さんのマンガ」をイメージしていただきたい。桜木花道でも武蔵(たけぞう)でもいいけれど、まず血気盛んな主人公が設定される。で、隣りの学校と試合したり、身近な者と決闘したりしながら、自分の地図を広げていくのだ。最初は未完成でひ弱だったものが、戦いを通じてブラッシュアップされる。(マンガの主人公ではない)生身の山田さんもきっとそんな風だったろう。だけど、挫折したらどうなる?
「経験」は一筋縄ではない。マンガのように無際限に勝ち続けることはないのだ。どこかで何かに頭をぶつける。一見、山田さんの「各年代カテゴリで優勝」は華々しいキャリアだけど、生身の人間がそのなかで傷をこしらえながら学ぶことは厳しさだ。山田さんは地元の中学を出て、名門能代工業高校へ飛び込んだときのことをこう表現した。
「だけど能代工業で親元を離れましたから。誰よりも早く自立して、大人になる必要があったんです(笑)」
その才能ゆえに旅をした。自立して大人になった。能代工業では「技術よりも人間的なところ、文武両道とか、バスケだけじゃないんだって言われたことが残ってます。後で本当にそうだなぁと思いました。それから反復練習の大切さですね。自然にパッと出るくらい反復して身につけるんです」という、つまりプレーヤーとしての土台を築く。きらきらした才気が才気にとどまらず、大地にしっかり根を生やすような時間だなぁ。
あらゆるカテゴリで栄冠をつかんだということは、言い方を変えるとすべてのチームでサバイバルしてきたということだ。サバイバルというと大げさなら「生きる道を見つけてきた」と言い換えてもよい。山田さんくらいキャリアがあれば色んな時期を経験している。ワカゾーにはワカゾーのサバイバルがある。主力には主力の、控えには控えの、ベテランにはベテランのサバイバルがある。今、ビー・コルセアーズでチーム全体を生かそうとしている姿は「現在の山田さん」だ。旅はまだ続いている。
「30代になって身体の変化はまだ感じていません。リカバリーが遅くなったという感覚もありません。コートの上で見えるもの、感じるものは多くなってると思います」
僕らファンからしたら円熟味を増した「現在の山田さん」が見られるグッドタイミングなのだと思う。ビーコルセアーズは苦闘を続けているけれど、山田謙治がいれば大丈夫だ。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
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