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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.30「ただひたむきに」

今年の横浜FCは出来事の連続だった。三浦カズ選手がブラジルW杯のJFAアンバサダーを務めたのがずいぶん昔のことのように思える。スタジアムまわりの騒動がクラブ公式HPでの異例のおわび掲示にまで発展してしまった。元強化部長・奧大介さんが急逝、公式戦のスタジアム通路に追悼のための献花台が設置された。後半戦、追い脚が伸びず目標のプレーオフ進出を逃した。いいことばかり起きたわけじゃない。けれど、松下年宏選手の頑張りを思うと皆、気持ちがすーっとするんじゃないか。

えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング
松下年宏選手

今年、完全移籍でチームに加わった松下年宏、愛称ワンちゃん(元巨人の王貞治氏に目元の印象が似ているところからついた)は凄まじい活躍を見せたのだ。特に8月の5連戦は2ゴール2アシストの離れ業でリーグ月間MVPに輝いている。サッカー選手としていちばん脂の乗った時期じゃないか。持ち前の運動量は相変わらずだ。そこにキャリアの厚みで読みが加わっている。勝負どころの仕掛けは迫力満点。

で、さわやかなのだ。毎試合すごいことをやり切っているのにケロッとしている。「気持ちがすーっとする」の理由はそこですね。まぁ、フツーの言い方をすると清々しい気分になる。一体どんな人なんだろうなぁと思っていた。クラブハウスを訪ねると練習が終わった後、開口一番「お待たせしてすいません。僕でいいんですか?」と言いながらワンちゃんが入ってきた。

「僕でいいんですか?」って読者はどう判断しますか。一般的には「謙虚」とか「腰が低い」と表現しますよね。だって一流のJリーガーです。これまで歩んできた道が文句ない。だから「謙虚」もほどほどにして下さいよ、僕はずっとワンちゃんのプレー見てきたんですからと言いたい気持ちがあった。だけど、取材していくうち何か噛みあわないんだなぁ。

たとえば自分のことを「選手として特徴がない」って言うんですよ。いや、言ってるのがご本人だからおとなしくしてるけど、これがもし、飲み屋かなんかで隣りのテーブルの奴がそんなこと言ってたらケンカになりかねないですよ。「ちょっと待て、お前、ワンちゃんのこと何も知らないな!」とこんこんと説教してやる。万能型だと思いますよ。キッカーとして非凡なものを持ってる。ハンパない運動量を誇る。読みが利く。攻撃も守備も素晴らしい。つまり、ハイレベルの総合力を持ったタイプです。

「ホントに特徴ないですよ。すごいドリブルもっているわけでもないし、すごいシュート決めるわけではないし。ただ横浜FCに来てからゴールという結果にこだわるようになりました。チームが勝つためにはゴールがいちばん必要ですから」(松下選手)

ね、こういう感じなんですよ。どうも本気で言ってるらしい。ピックアップしたコメントはフォア・ザ・チームという趣旨ですよね。自分に特徴があるかないかよりもチームの勝利優先だと。自分の個性のためにサッカーやってるわけじゃなく、勝つためにやってるんだと。「黒子に徹する」意識って呼ぶにはやってることが派手なんだけど、ベクトルはそういう風ですね。自分のことを無にできる選手。

「(横浜FCに来る前は)よくあの選手効いてたなとか言うでしょ。それが理想でしたね。効いてる選手。点は他の誰かがとってくれればよかった。そのかわり、攻守の両方でポイントになる役割ができたら、と思ってました」

僕は新潟時代からワンちゃんの試合を見ている。出場機会を得て、才能を花開かせたときだ。当時の原稿を読み返すと僕は松下選手に「闘魂」という表現を使っている。中に切れ込んでって勝負する闘志と、最後まで集中が切れず戦い続けるメンタルの両方を言える気がしたのだ。その後、FC東京、仙台でキャリアを重ね、円熟味さえ感じさせる素晴らしいプレーヤーになった。

「闘魂ですか。新潟ではそういう(中に切れ込む)プレーを意識してました。いいですね、これからも闘魂って書いて下さい」

ただあくまでこういうのはこっちからはそう見えてますよという話だ。ワンちゃん自身はずっと夢中でサッカーを続けてきただけなのかもしれない。インタビューの途中、「あ、そういう風に見えてるんですね」と笑ってた姿が忘れられない。

えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

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余談だけれど、僕は松下選手の奥様、枦山(はしやま)南美さんとご縁があるのだ。文化放送の朝ワイドで週一のコメンテーターを務めていた頃、ひとつ前の番組『吉田照美 ソコダイジナトコ』のアシスタント、枦山南美さんとしょっちゅう顔を合わせた。当時、彼女は『Jリーグタイム』(NHK-BS1)でサッカーキャスターとして活躍中だったから、「お、枦山さんだ!」と嬉しかったのだ。

しばらくして味の素スタジアムでばったりお会いしたのだった。吉田照美さんの番組は別のアシスタントに代わっていた。あんなにしょっちゅう会ってたのに急にパッタリ会えなくなって寂しいねぇ。そんなことを言って別れたはずだ。別れた後、そういえば枦山さん、何でチーム関係者の通用口にいたんだろうと思った。

それはもちろん(FC東京時代の)ワンちゃんと交際していたからだ。その後、ご結婚が報じられ、今回のインタビュー直前には第一子誕生の記事が出た。この場を借りてお祝いを言わせていただきたい。松下年宏さん、南美さん、本当におめでとうございます。

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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