vol.27「入道雲」
僕は毎夏、うちわを取材用のデイパックに入れてどこへでも持ち歩く習慣がある。雑誌の編集部に行っても放送局に行っても、うちわでパタパタしている。本当は扇子を使ったほうが大人っぽいんだけど、最近はエコや節電を皆、意識してるおかげか、何かまるでいいことをしてる風に勘違いしてもらえることも多い。実際はうちわが夏祭りっぽくて好きなだけなんだけどね。
で、うちわって案外もらうものなんだ。あちこちで配ってる。僕は毎年、「夏の相棒」を決めることにしている。うちわ オブ サマー2014。今年はインターハイ神奈川県実行委員会のくれたもの。「煌めく青春 南関東総体2014」と書いてある。
実は今年のインターハイは全30競技を東京都、千葉県、神奈川県、山梨県の南関東四都県にふりわけて実施する広域開催だ(通常、南関東というと名前が挙がる埼玉県が何故入ってないのかは、僕にはちょっとわからない)。神奈川県全体では9競技、横浜市はそのうちの2競技、ハンドボールとソフトボールを受け持った。インターハイうちわはソフトボール取材のとき、新横浜駅前の案内所でもらったものだ。
読者はソフトボールの試合を御覧になったことがあるだろうか。おそらく多くの方が「オリンピックの国際映像ならかじりついて見た」というニュアンスじゃないか。それを思うとジャンルの未来のためにも是非、五輪競技として復活させてほしい。僕自身は実業団ソフトボールを取材したことがあるし、自身、スローピッチルールのクラブに所属していたこともある。オレンジと白のベースが2つくっついた感じの「ソフトボール用1塁ベース」が私物として自宅にある。
だからソフトボールの現場は知ってるつもりだった。が、グラウンドに一歩入って、あ、こりゃぜんぜんわかってなかったと思った。試合は南関東総体女子ソフトボール競技の2回戦、厚木商業(神奈川)vs上山明新館(山形)だ。会場は日産スタジアムのすぐ横、新横浜公園投てき練習場。
たぶん会場が保土ヶ谷・神奈川新聞スタジアムだったら印象がだいぶ違ったと思うのだ。新横浜公園投てき練習場はプレーが間近だ。選手らの息づかいや声がダイレクトに聴こえる。顔の表情、目の輝きがダイレクトに見える。もちろんソフトボールはメンタルの要素が大きいスポーツだ。実業団やナショナルチームだってそれは同じで、だからこそプレッシャーのやりとりの部分が非常に面白いのだが、高校生はそれが何倍にも拡大される印象だ。
試合は延長タイブレーカーにもつれ込む熱戦で、僕は高校生のエネルギーの爆発力に驚いていた。技術だけを考えれば、それは実業団にはかなわない。が、爆発力や気持ちの粘り、つまりメンタルがもたらす凄みのようなものは高校生が段違いだ。
実はこのカードを選んだのは両校の監督さんが名将として名高い方だと情報を仕入れたからだった。タイプは異なる。厚木商業の宗方貞徳監督は選手らにハッパをかける。そこからバネの跳ね返りのようなプラスアルファを引き出すことをイメージしておられるのかもしれない。一方の上山明新館・有住隆監督は選手の心理的な状態をていねいに見ておられる印象だった。どちらも本当に好チームだった。猛暑のなか、僕は時間の経つのを忘れる。
入道雲。強い日差し。土ぼこり。補欠部員たちの声援。6回表、厚木商業の走者がたまって、上山明新館・有住監督が満塁策をとったところがドキドキした。ソフトボールのルールでは「敬遠します」と主審に意思を告げるだけで、4球費やさずにテイクワンベースとなる。2死ながら満塁。その場に居合わせた誰の耳にも盛大に鳴くセミの音が聴こえていない。満塁策は当たった。夏は永遠に続く気がした。
が、延長に入り、8回表、厚木商業の攻撃で本塁クロスプレー判定をめぐって、ずっと保たれてきた名勝負の「緊張の糸」がぷつりと切れる。判定は微妙だった。が、そこで上山名新館バッテリーの気持ちがぐらついてしまった。その回、3失点。裏の攻撃で2点返し、結局は4対3のクロスゲームだったことを思えば、気持ちが粘れて1点でも失点を少なくできていたら、とも思う。
けれどね、感動した。僕は敗れた山形県立上山明新館高校のさわやかな姿に胸がいっぱいになった。試合の価値、大会の価値は敗者がつくるのかもしれない。堂々たるグッドルーザーが勝負事の値打ちを決める。僕はこの夏、南関東総体で素晴らしいゲームを見た。大会関係者、そして両校の皆さん、お疲れさまでした。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
Magazine/Newspaper
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