vol.26「夏1勝」
のっけから私事で恐縮だが、W杯ブラジル大会の仕事を終えて江東区のスカパー東京メディアセンターから帰宅したのである。決勝戦の終わった朝だ。マンション前でタクシーを降りて、ちょっとボーッとした。2週間のブラジル滞在、そして3週間のサッカー生番組のMC、5週に渡ってものすごく濃密な時間を過ごした。日本時間の7月14日朝、ドイツが欧州勢として初めて南米大会で優勝を飾った。明日から何をしようか。さしあたりずっと続けてきた「ブラジル時間生活」を元に戻さなくちゃいけない。
で、シャワーを浴びて、その日は昼間寝ないことにしたのだ。日本とブラジルは時差が12時間あり(ブラジルには国内時差の生じる地域があるけど、それは端折らせてください)、ちょうど午前、午後が逆になる。朝の8時が夜の8時だ。だから帰国した後もサッカーの生番組を続けていたせいで、僕は毎日、正午近くなると寝る日々だった。
で、当日の新聞を見て、11時からTVKで高校野球の神奈川県予選やってることに気づいちゃうんだなぁ。しかも、1回戦屈指の好カード「横浜商大vs横浜隼人」だった。甲子園で見たっておかしくない試合だ。結局、3対4×、横浜隼人のサヨナラ勝ちで決したのだが、これでハートに火がついた。僕はW杯の「バーンアウト」(燃え尽き症候群)から救われたのだ。その日はおかげで夜まで起きていられた。
もちろん翌日もTVKの中継を見て、さっそく当コラムの担当者と連絡をとる。取材だ取材だ、もうさっそく明日行きましょう。組み合わせ表を見て、どこの会場へ行こうか大いに悩む。16日は桐光学園や慶応の試合があった。ただ当コラムは「横浜市体育協会」のウェブ連載でもあるし、なるべくなら横浜の学校を取り上げたい。「横浜商大vs横浜隼人」なら最高だった。そうなると慶応高校かなぁ。僕が長年、応援してる北海道日本ハムファイターズに同校出身の白村明弘投手が入った縁もあって、個人的にもめっちゃ関心がある。
と、サーティーフォー相模原球場の第2試合が「横浜栄vs横浜サイエンスフロンティア」であることを発見、この公立校どうしの一戦に決めた。どちらも新設校で(「県立横浜栄高校」は県立港南台と県立上郷を合併再編し、2009年に設立されている。「市立横浜サイエンスフロンティア高校」は2009年だから、奇しくも同じ年、巨額の予算を投じて設立された話題の理数系ハイスクールだ)、つまり、現在の部員が歴史の最初のページを書いているところだ。
サーティーフォー相模原球場は日ハムファンの僕には懐かしい球場だ。千葉県に鎌ヶ谷スタジアムができる前、2軍の本拠地は(一時的に)相模原球場だった。現在はDeNAベイスターズの2軍が準ホームとして使っているはずだ。淵野辺公園の緑を見ながら速足でゲートへ向かう。ゲートは混み合っていた。そりゃそうだ、第1試合は「東海大相模vs逗葉」。高校野球ファンのお目当てはこっちのほうなのだ。
【東海大相模vs逗葉】
で、第1試合が19対0(5回コールド)で決し、東海大相模やっぱりすごいなぁ、エースの青島凌也君素晴らしいなぁと圧倒されたのだった。その後、第2試合「横浜栄vs横浜サイエンスフロンティア」(以下、栄、サイフロと表記)の両校選手がキャッチボール&守備練習を始めたのだが、今の今まで見ていた東海大相模とつい比較してしまう。身体の大きさ、守備センス、肩の強さ…、これはぜんぜん違う。のみならず、僕の目にはサイフロがどうにも上ずって見えていた。テンションが高いというだけだろうか。守備のミスで失点しないといいなぁ。
そうしたら守備のミスで先に失点したのは栄のほうだった。2回表、二死からけん制球で挟まれたランナーが生きてディレード・スチールの状態になり、サイフロがラッキーな先制点を挙げる。栄の先発左腕・鷲見航平君は上手いけん制が逆に災いしてしまった。それでも栄は5回裏、長打を連ねて同点に追いつく。サイフロの左腕エース・相原裕樹君は緩急をおり交ぜ、狙い球をしぼらせなかったのだが、この回、とうとうつかまった。普通に考えればこうなると「追いついた勢いで栄のゲーム」だ。そもそも栄は「私立の壁」突破が目標、サイフロは「夏1勝」だ。つまり、「まだ夏の予選で一度も勝ったことのない学校が同点に追いつかれ、ラッキーな先制点をフイにしてしまった」わけなのだ。
【サイエンスフロンティア・相原裕樹投手】
そう思って見ていたから、続く6回表、サイフロの猛攻には本当にびっくりした。それまでもランナーは出していたのだ。が、得点を奪えたのは敵失による1点だけだった。高校野球は5回終了後のグラウンド整備で流れが変わることがある。まさにそんな感じだ。先頭の有賀幹人君がヒットで出塁、サイフロは送りバントで走者を進めようとする。と、それが敵の野選を呼び込む。そこから満塁を作って、7番打者の相原裕樹君が軽打で2人返す。サイフロはコツコツ満塁を作った。ドカーンと大きいのをかっ飛ばすわけじゃない。四球を選び、三遊間を割り、ジワジワ攻め立てて、ついに栄のエース・鷲見君をKO、右投手の2年生・佐藤隼君をひっぱりだした。ピンチに登板したこの佐藤君がちょっとかわいそうだったなぁ。一死満塁から四球、ライトオーバー2塁打、捕逸、タイムリーと散々な目に遭う。気がつけば相模原球場6回表、サイフロの得点板に「8」の文字が入っている。
ただ栄の名誉のために記しておくが、彼らはそこでくじけなかった。直後の6回裏、二死満塁の場面を作るのだ。5番・引地勇主将が「暴れん坊将軍のテーマ」に送られ、打席に立つ。栄はチアガールが多くて、スタンドが華やかだ。ここで一発出れば試合はわからない。が、引地君の当たりはサードゴロだった。三塁手がベースを踏んで三者残塁。
そして7回裏、栄の最後の攻撃。もう、3塁側サイフロ応援席は総立ちになっていた。在校生が先生が、OBがご父兄が、息をつめて見つめる。県予選の2回戦(両校ともに初戦)だ。いわゆるビッグゲームではない。が、その場にいて、これ以上のビッグゲームはないと感じた。僕はネット裏から小走りに、応援席のご父兄の後ろの位置に移動していた。横浜栄高校ごめんよ。縁もゆかりもないんだが、僕は今、サイフロの勝利が見たい!
勝利の瞬間、3塁側スタンドは皆、小さく飛び上がった。ガッツポーズ、万歳。あちこちで抱き合ってる人も。優勝とかじゃないんだけどなぁ。しびれた。涙が出そうになる。と思ったら泣いてる生徒がいる。選手らが飛び跳ねながら挨拶に来る。監督さんが男泣きだ。これは間違いなくスポーツの達成だよ。最高の場面。
試合後のエール交換を終えて、スタンドでは皆が余韻にひたっていた。「勝ちっすよ。すごくないですか?」 生徒が先生に尋ねる。先生は胸がいっぱいでうなずくだけ。ご父兄は「よかったね」を百回言ってる。これから横浜サイエンスフロンティア高校が何回、勝利することになろうと(たとえ将来、甲子園の常連校になろうと)、最初の1勝はこの試合だ。おめでとう。9対1の見事な大勝(7回コールド)だったよ。
【9-1、7回裏2アウト。試合終了まであと1人】 【サイエンスフロンティア、夏1勝】
追記 サイフロは続く3回戦、第一シードの東海大相模を相手に大健闘したが、惜しくも5対0で敗れている。「理系の勉強校」と「強豪校」の対決にコールドゲームを予想した者が多かったけれど、きっちり9回を戦い抜いたのだった。サイフロ・相原君の好投を評し、東海大相模・平山快主将は「変化球投手かと思ったが、まっすぐで内角を突いてきて、手こずりました」(TVKのインタビュー)とコメントしている。ちなみにこの日、ヤフー検索のホットワード上位に「サイエンスフロンティア」が食い込んだのだった。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
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「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
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「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか
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