vol.25「蒼い韋駄天」
横浜DeNAベイスターズの梶谷隆幸選手を訪ねたのだ。ちょうど交流戦の時期で、僕は札幌ドーム、ハマスタと彼のプレーを追いかけることになった。すっげぇと思った。パ・リーグファンの僕から見たら、糸井嘉男(オリックス)が出てきたときにそっくりだ。ギラギラ輝いている。とてつもない俊足、シャープな打撃センス、長打もある。これはベイスターズの看板スターになる。というより球界の顔になる。
3番ライトが梶谷の現在の「職場」だ。たぶんベイスターズ首脳陣は彼の個性をどこで生かすかで頭を悩ませたと思う。昨シーズンはショートで使っていた。魅力がありすぎるのだ。どこでもハマりそうで、なるべくチームに起爆力をもたらす使い方をしたい。僕はライトは華があっていいと思うなぁ。肩も足も見せられる。今の野球は外野手が花形なのだ。
僕が見た札幌ドームの試合ではボテボテの内野安打があったり(それが俊足だから楽勝でセーフになるんだ!)、豪快な長打があったり、ずば抜けた存在感だった。守備も魅せた。日ハム・大谷翔平のライナー性の当たりを好捕して、チームメイト・井納翔一の初完封勝利を助けている。
試合前、ハマスタ内の一室に梶谷選手はひょいと登場した。このひょいという感触が、ちょっとなかなかプロ野球選手の取材をしていて経験しないものだった。大体の場合、選手ご本人か、取材陣のこちら側かが緊張している。ぴーんと張った雰囲気がある。梶谷選手は微笑みながら、こう、何ですかね、サァーッと窓から風が吹き込んできた感じ。自分もそうだけど、他人も緊張させたくない。もう、第一印象の時点で面白いタイプだなぁと思いました。
梶谷選手は島根県出身ですね。これは案外重要なポイントで、益田生まれの松江育ちでしょう。例えば出雲市出身のサウスポー・和田毅の成功例があるけれど、やっぱりなかなか島根の野球少年は「将来、プロ野球選手になる!」と考えにくい。考えたとして夢をキープして、一心に追いかけにくい。それは単に環境的な要因なんですけどね、やっぱり大都市圏のリトルリーグ、ボーイズリーグに参加できる子のほうがチャンスを得やすい。
夢をキープして、努力する。言葉にすればカンタンなことが、まだ何ひとつ根拠というものを持たない地方の野球少年には本当に大変だ。だって根拠なんかなーんもないんだから、「あ、悪い悪い。ナシ! ナシ!」とあきらめちゃうほうがはるかに手っ取り早い。だもんで「モテモテ」を夢想し、「世界征服」を企てるような、いわゆる「中二病」ははしかのように自然に消滅する。キープするにはものすごいエネルギーが必要なのだ。
少年時代の梶谷選手を支えた最大の存在は、お父さんだったようだ。夢につき合って、同じくらいの燃焼感で生きてくれる。僕はこれはすごいと思うんですよ。梶谷さんひとりきりじゃ、たぶん炎が途切れたかもしれない。高エネルギーの人間ふたりが相乗効果で炎をぶぁーんと噴き上げさせる。別の言い方をすると、誰かひとりが信じてくれるだけで人は夢に向かっていける。
梶谷選手は「僕は変わってます」と自ら言い切る。それは話を聞いていて非常に納得がいった。先輩だろうが、あまり気をつかわず自分の時間を大切にするそうだ。それから単独行動を好むところがある。それは梶谷さんの生き方のフォームだろうと思った。オリジナルなことをやろうとしたら「僕は変わってます」のほうが間違いなく生きやすい。早い話、周囲にプロ野球選手になろうとしてる人間がひとりもいない環境で、本気で努力するとしたら「僕は変わってます」しかないだろう。
少し話をするとすぐわかることだが、梶谷選手は観察して考えるタイプだ。YouTubeでバッティング技術を会得したという有名なエピソードは、彼が自前で考え、自前でコツコツ積み上げる人間だということを示している。もしかすると昔だったら落合博満ばりに「オレ流」と表現されたかもわからない。落合さんと同じで物事をとことん追いつめるところがある。そして、落合さんにはなかったアスリート的な圧倒的強みがある。
「プロに入ってからは楽しかったことないですね」。またひょいとすごいことを言う。いつも苦しかったというのだ。ケガも多かった。まわり道もした。ここまで来るのに時間がかかってしまったと梶谷選手は考えている。本当にそうだろうか? もしも時間がかかったとしたらそれはオリジナルな体系を紡ぎ上げてきたからだと僕は思った。
今、旬である。プレーヤーとして最高の時期を迎えた。お金を払って見る価値のある選手だ。つまり「ザ・プロ野球選手」だ。彼の歩んできた道、これからたどる道を想像しながらご覧になってほしい。もちろんハマスタの観客席がベストポジションだ。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
Magazine/Newspaper
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