vol.23「女子柔道日本一」
横浜市のスポーツイベント・カレンダーのなかで、ひときわ強い輝きを放っているのが皇后盃・全日本女子柔道選手権だ。これはいつか絶対に取材したいと思っていた。大会の格でいえば、男子の全日本選手権に匹敵するだろう。つまり、「柔道日本一」を決める戦いだ。そして、当然のことながら「柔道日本一」の意味は重い。
それはなぜかといえば柔道の発祥国であり、本場である誇りだ。オリンピックや世界選手権といった国際大会の注目度は高いけれど、ワールドスタンダードに進化しすぎて、時折、あれっ、柔道ってこうだっけ? 今はこうなっちゃったんだと首をかしげる場面に出くわす。いや、僕の柔道経験なんて中学、高校の体育の授業で習ったきりなんだけど、それでも例えば『姿三四郎』や『柔道一直線』みたいな映画、ドラマに親しみ、「柔よく剛を制す」を自明のものとして育った環境は本場ならではじゃないかと思う。
まぁ、やっぱり最大の違和感は青い柔道着(道衣と書くほうが正しいようだが)だったなぁ。あれを最初に見たときは、テレビ向きかもしれないが柔道精神にかなっているのだろうかと理解に苦しんだ。まぁ、国際競技として普及をはかる意味では仕方ないところなのかもしれない。だから国際大会を見るとき、僕らは頭のなかで「本来の姿ではないのだけど」と保留点を設定する。
以前、ベースボールマガジン社の親しい編集者が『近代柔道』誌に異動になって、全日本選手権の観戦記をたのまれたことがある。これは感動しました。保留点なし。気分スッキリです。体重無差別の「柔道日本一」が武道館で争われていたんですよ。道衣は国内大会だからもちろん両者白です。ポイントの優勢勝ちには納得せず、皆、一本での決着を望む。あと、試合場が中央にひとつだけっていうのもいいなぁ。複数の試合場がレイアウトされていると、効率はいいだろうけど、決戦ムードが損なわれる。そのとき見た決勝は篠原信一vs井上康生です。決戦ムード満点でした。
女子柔道にも体重無差別の大会があって、もう第29回と歴史が刻まれているんですよ。愛知県体育館、名古屋市総合体育館、愛知県武道館と名古屋開催の時代が長く、2006年から東京武道館、2008年からは横浜文化体育館で開催されるようになった。「横浜文体」は関内駅から徒歩4、5分、アクセスが抜群にいい。
会場に着いて応援席を見渡すと三井住友海上、ミキハウス、アルソック、コマツ、JR東日本といった実業団の応援席のほかに、ブレザー姿の「柔道女子」が目につく。たぶん大学の後輩だろう。試合中は積極的に声出しして、微笑ましかった。技を仕掛けるたびに皆で声を揃えて「いーよいしょー!」なんて言う。この「いー」の部分が面白い。「いー」ということはスタンドで見ていても足がかかったとか、技の意図が見えてるわけだ。それは組んでる相手もわかるからなかなか決まらない。
実際、今年の決勝は山部佳苗(ミキハウス)が払い腰一本で、自身2度目の優勝を決めるのだが、これはあまりにも鮮やかで「いーよいしょー!」どころではなかった。逆に観客席は息をのむというか、あっても悲鳴や叫び声みたいな感覚だった。
記者席に『近代柔道』『週刊サッカーマガジン』で担当編集者だった佐藤温夏さんがいて、色々レクチャーしてくれた。選手の素顔、試合の見どころ。やっぱり、間近で見る真剣勝負は迫力が違う。ぴーんと張った空気感のなか、試合場へ向かう選手の顔を僕はどきどきしながら見つめる。
【記者席から観戦するえのきどいちろうさん(右から2番目)と佐藤温夏さん(左から2番目)】
佐藤さんのレクチャーによると、今大会は史上初めて全員女性審判で大会運営している(去年は3人、男性審判が混じっていた)そうだ。また託児所が初めて設置され、ママさん選手の便宜もはかられることになった。佐藤さんは「柔道界は今、本当にいっしょうけんめい変わろうとしてるんですよ」と言う
僕は単純に「女子柔道日本一」が決まるところが見たくて大会に足を運んだのだが、実は女子柔道は(あるいは柔道界は)一種、ジャーナリスティックな視線にさらされてるタイミングなのだった。それは2012年、女子ナショナルチームにおいて指導者による暴力行為が発覚したことが端緒となっている。またオリンピック金メダリストがコーチを務める大学女子柔道部で、性的暴行事件が起きて裁判沙汰にもなった。佐藤さんの「いっしょうけんめい変わろうとしている」は、つまり、女性の尊厳を守る戦いということでもあろう。
初めて生で見た皇后盃は最高に面白かった。僕の考えはこうだ。柔道が開かれた、皆のものだといい。最近は増田俊也氏の著作等を通じて、かつて日本人がどれだけ柔道に熱中してきたかがイメージしやすくなっている。もう読んでるだけで血湧き肉躍るものがある。柔道家はもちろん、一般の国民(つまり、観客)もとてつもない熱を帯びていた。
柔道はもう一度、公共のものになるといいなぁ。だって本当に面白い。おそらく内部的で閉鎖的な空気が問題の温床となるのだ。皆の視線のなかで新しい一歩を踏み出せばいい。僕は本場の底力を信じたいですね。ダテに続いてきたもんじゃない。
ということで皇后盃・全日本女子柔道選手権を大プッシュします。オリンピックとも世界選手権とも違うテンションがあります。いっぺん生の迫力を体感してください。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか
Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか
Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」
Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」
※タイトル・本文に記載の人名・団体名は、掲載当時のものであり、閲覧時と異なる場合があります。