vol.17「がんばれヒチョリ!」
今月はちょっと困った。アテにしていた取材先がNGになったのだ。大ネタなので楽しみにしていたが、よく考えたら大ネタほど実現のハードルは高いのだった。いったん仕切り直すことに決まる。当コラムは毎月、「横浜に何らかの形で関係するスポーツ人」を取り上げ、ウェブサイトに書き下ろすというコンセプトでお送りしていて、「何らかの形」のところが相当融通がきくんだけど、締切り日間際になってNGを食らうとさすがに頭を抱える。
どうしようかなぁ、とバックナンバーを読み返してみると、連載の第1回は森本稀哲選手だった。(以下、他人行儀なのでヒチョリと呼ばせてもらうが)この秋、ヒチョリは横浜DeNAベイスターズを戦力外になり、目下、次の球団からのオファーを待っている状態だ。新聞報道によると「海外チームも視野に入れて」ということらしい。韓国や台湾野球も込みで、という含みを持たせた書き方だろうか。
森本稀哲 選手
ヒチョリは「松坂世代」だから、いつの間にか32歳(1月生まれなので同学年の松坂世代プレーヤーより、数字上1歳若くなる)になった。ベイスターズへFA移籍しての3年間、骨折もあったが、主としてチーム方針の関係でほとんど働けなかった。TBSからDeNAへ親会社が変わる時期にぶつかり、GMや監督さんといった球団内の人事も刷新されたんだね。ヒチョリをFAで獲った頃の「守りの野球」志向は雲散霧消して、ラミレス、ブランコ獲得に象徴される「打力の野球」にカジが切られる。何しろベイスターズは楽天優勝に貢献した名手・藤田一也もトレードに出したほどだ。
だから働きどころを得られなかった印象が強い。もちろん第一線でバリバリやれる力を持っている。むしろFA移籍がハマらず、出場機会に恵まれなかった分、野球に対する意欲はひとしおだと思う。パ・リーグ党、長年の日ハムファンの僕にしたら古巣に戻ってくれるのがいちばん嬉しいけれど、この際どこのチームだっていい。球界屈指の外野守備、機動力を買ってくれるチームがないかなぁ。
ベイスターズ時代のヒチョリの思い出は(どうしても日ハムがらみになるのだが)、交流戦で武田勝からホームランを放った試合だ。古巣との対戦を楽しんでる風情だった。ホームランは武田勝の投球パターンを読んで、思いきりヤマを張った感じに見えた。ヒチョリには珍しく、チェンジアップを溜めて、左方向に引っ張った。あの日、僕らはハマスタでヒーローインタビューに答えるヒチョリを複雑な気持ちで見たものだ。リストバンド等のイメージカラーが(日ハム時代のグリーンから)イエローに変わっていた。
ヒチョリの実家は東京都荒川区で野球ファンに知られた焼肉屋「絵理花」を経営していた。僕はヒチョリが日本ハムにドラフト指名されて以来の、この店の常連だ。僕の家からだと都バス1本で所要20分ほどの距離だ。足繁く通ううち、コツコツ店内の野球ディスプレーを増やしていき、最終的には焼肉屋なのかスポーツバーなのかわからない状態に仕上げた。実はこの10月いっぱいで店じまいすることになった。建物の老朽化が著しく耐震性に問題があることと、ヒチョリのご両親の体力的な問題だ。まぁ、今年の春先、お父さんは「ヒチョリが現役のうちは店を続ける」と言い張っていたけどね。
だもんで僕の野球ファン生活の上でもひと区切りだなぁと感じている。プロ野球選手と家族ぐるみのつき合いができて、そのご実家が旨い焼肉屋で、ファンが集まり選手の成長を見守っていて、野球のことをいくら語ってもいい場所を成立させている。つまり、ひと言でいえば「絵理花」は野球ファンの夢というのか、オアシスみたいな店だった。
本稿執筆現在、「絵理花」はまだ健在だ。スポーツ紙やヒチョリのツイートで店じまいが報道・告知されてから、店は名残りを惜しむファンでにぎわっている。何しろ北海道から日ハムファンがわざわざ来店するほどだ。いや、もはや日ハムファン、横浜ファンだけじゃないなぁ。ヒチョリは他チームのファンからも愛されている。皆、お別れに来てくれる。僕は仲間と月末に予約を入れているが、寂しい気持ちになるのがわかってるからあんまり顔を出していない。その代わり、お父さんお母さんには来月、ヒマになったら一緒に温泉でも行こうよと声をかけている。
時間が過ぎていくのはなんて寂しいことなのか。僕は高卒ルーキーの頃から応援してる選手が戦力外通告を受けたことに直面し、うろたえる。親しくしていただいた「絵理花」のお父さんお母さんが廃業の決意をしたことに直面し、うろたえる。これはファミリーヒストリーの時間経過なのだ。ヒチョリはまだプロでレギュラーを張れる力があるし、お父さんお母さんもぜんぜん若い。僕も若い。これまでと同じように生きていけるはずだ。それは本当にそう思うんだけど、確実に時は過ぎていく。僕がうろたえているのは、平手打ちを食らったように時の経過を知らされたからだ。
僕はよく思うことがある。0対0の息詰まる投手戦、あるいはめまぐるしいシーソーゲーム、残り3イニングくらいでまだ勝敗が決していないような状況だ。球場で時が永遠に停止しないかと願う。このまま野球シーズンが永遠に続けばいい。投手は永遠に捕手のサインをのぞく。打者は狙い球をしぼっている。球審は起こり得る展開を想定しておこうとする。観客はビールの売り子を呼んで、目だけグラウンドの動きを追っている。詰めかけた何万人に「次」の展開がある。皆、わくわくしながらそれを待つ。
だけど時間は停止しない。それは誰もがよくわかってる。僕らにできることは「今」を大切にすることだけだ。僕はヒチョリを応援しよう。がんばれ、がんばれヒチョリ。狙い球をしぼっていけ。粘れ、塁に出てかきまわせ。君はね、みんなの夢なんだ。がんばれ、がんばれヒチョリ。
※編集部注 本文に登場する「絵理花」は、2013年10月に閉店されました。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
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