vol.9 「フットボール映画祭!」
ヨコハマ・フットボール映画祭は絶対見に行きたいなぁと思っていた。ナイスな企画じゃないか。僕は野球映画、野球小説も大好きなんだが、外国モノはどうしてもアメリカ映画、アメリカ文学に偏ってしまう。そこへ行くとサッカー、フットボールは世界中でプレーされ、人々を熱狂させている。映画の題材になってないわけがないのだ。それもスポーツ映画の範疇だけにおさまらない。物語の重要な肉づけとしてサッカーが使われていたりする例が多い。
ヨコハマ・フットボール映画祭ロビー
僕がパッと思い浮かべるのはイタリアの古典的名画『自転車泥棒』(1948年、ヴィットリオ・デ・シーカ監督)だなぁ。戦後の混乱のなか、失業者の男が自転車を盗まれてしまう。で、職業安定所でやっと見つけた仕事には自転車が必要なのだ。男はサッカースタジアムの外の通りにとめられた自転車を盗む。と、そこに試合が終わった観客がドッと出てくる。「泥棒だ!」 自転車を盗られた人が叫び、男は群衆に追いまわされ捕まる。で、これがモデナという弱いクラブを応援してる群衆なんだね。映画のなかで明示はされないが、おそらく負けて皆、イライラしてるというのが背景にあるんだ。うまい設定だよ。
で、ヨコハマ・フットボール映画祭は本邦初、サッカー映画、もしくはサッカーをモチーフにした映画だけで映画祭をつくってしまおうというアイデアだ。年に一度のペース、今年で第3回の開催だ。去年までは若葉町のミニシアター、シネマ・ジャック&ベティが会場だった。今年はみなとみらいのプリリア ショートショートシアターだ。ここは横浜F・マリノスの練習施設「マリノスタウン」が間近で、よりフットボールフィーリングが濃厚になった。もちろん連動させて、同マリノスカフェにて特別イベントも開催された。
実は映画祭を訪ねる楽しみがもうひとつあった。清さんとの再会だ。清義明さんとは知り合って10年以上になるか。僕が知る最もアクティブで自律的なサポーターのひとり。最初に話をしたとき、おお、サッカーってジャンルにはこんな面白い男がいるんだと嬉しくなった。もちろんご当地、横浜F・マリノスを熱烈に応援している。
清さんのすごいのは発信力やオーガナイズの能力を持っていることだ。例えば東日本大震災のときはNPO法人ハマトラ・横浜フットボールネットワークをベースにして、サポーターのがれき撤去ボランティアを組織した。動きが早く、仲間が多い。こう、何というのかな幕末にでもいたら大仕事やってのけそうなんだけど、有難いことに幕末ではなく現代に生まれてくれた。そんな感じだね。
清さんは映画祭に最初から噛んでいる。噛んでいるどころか中心人物のひとりだ。自身で立ち上げた会社、株式会社オン・ザ・コーナーで映画の買い付けまでやって、それどころか自分で字幕までつけている。その機動力を儲けるほうへ使ったら秋元康級のムーブメントも可能じゃないかと思うんだけど、笑えることに儲からないほうへ使う。いや、儲からないほう専門に顔を向けてるってことじゃないですね。つまり、概ね損得抜きだ。サッカーのオフ期間、盛り上がれるものがないと思って2月の映画祭を企画した。映画もサッカーも大好きだった。ほらね、いい奴でしょ。
会うのは6、7年ぶりじゃないか。人のごった返すロビーで握手した。変わんないなぁ。僕はこういう放っといても信用できる感じのつきあいが好きだな。大震災でこっちは街頭募金で声を枯らしてたとき、偶然見たNHKニュースで「サポーターがボランティアに立ち上がった」なんてやってた。それがマリノスサポ発信だと知って、そりゃ清さんだろうと思った。ああ、あっちでもやってくれてるか。強いてレンラク取らなくても同じほうを向いてる感覚。ん? もしかしたら僕も儲からないほうを向いてる?
が、彼らが大したもんなのは初年度からちゃんと映画祭をソールドアウトにしたことだ。サッカーファン、サポーターの人的ネットワークを生かし、動員につなげた。あくまで大きな資本の介在しない手作りの映画祭ながら、毎回、趣向が凝らされて、お金の取れるイベントにしている。例えば今年の第3回映画祭は、上映日の3日間とも映画の合い間にトークショーが組まれていた。これがサッカー誌の編集長あり、伝説の実況アナあり、映画監督あり、バラエティに富んでいる。
「ごめんねー、あの日は仕事が入っちゃってて…」
清さんにいきなり謝った。僕も初日のトークショー出演の打診を受けていたのだ。そうしたら「えのきどさんはどうしたって当日、話題に出てましたよ」と笑う。何だよそれ、いないとこで話題にするなよ。で、とりあえず『フットボール・アンダーカバー』ってイランの女子サッカーのドキュメンタリー映画を見た後、インタビューを受けてもらうダンドリになったんだ。この映画はもちろん本邦初演。この映画祭がなかったら日本に住む僕らは見る機会を逸していた。
『フットボール・アンダーカバー』ポスター
『フットボール・アンダーカバー』良かったよ。社会的な困難のなかでサッカーを全うするイランの女子選手にしびれた。僕は日本代表のW杯予選でテヘランを訪ねたことがある。スタジアムは女人禁制が大原則(日本人の女性サポーターは特例で入場を許可された。但し、頭部を布で覆う)。6万人くらいだったか、男だけのスタジアムはそりゃ異様だった。僕のアウェー体験のひとつの頂点だな。だからイランの女子選手はタブーに挑戦するガッツがあったんだ。
『フットボール・アンダーカバー』劇中画像
で、見終わって「面白かったー」って楽屋みたいな小部屋へ通された。そこで清義明インタビューだ。しかし、それは割愛する。いや、さすが清さん、いいこといっぱい言ってたんだよ。清さんがいいのは言葉に熱があるとこだな。しかし、それは割愛。インタビュー終わってね、そこは楽屋みたいな空間だからサッカージャーナリストの西部謙司さんがいたんだね。西部さんが話を聞いてて、乗っかってきた。一転、小部屋は「西部×清×えのきど」の座談会に早変わり。
それがすんごい面白かったんだ。清さんの「サポーター=町内会」論を受けて、西部さんが葬式の話からコミュニティの有り様を語る。僕もメディア論的な観点からコミュニティの話をした。まぁ、内容はわざわざ僕が紹介しなくても、必ず各々、自分の仕事でそれを伝えていく。それより今、こんなクリエイティブな議論というか、ま、楽屋話のできる現場がどれだけあるだろうと思った。それはヨコハマ・フットボール映画祭のパワーだね。たぶんロビーで、帰りの飲み屋で、映画見た人らが同じことをしてるんだよ。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
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「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
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