vol.7 「新しいコミュニティ」
暮れも押しつまった13日、JR東海道線に乗って平塚駅を目指した。平塚総合体育館で横浜ビー・コルセアーズのゲームがある。bjリーグだ。バスケは普段見てないのでどんな雰囲気か楽しみだ。本来は地元・横浜国際プールや横浜文化体育館の開催ゲームを選ぶべきだと思うけれど、日程が合わなかったのと、『SLAM DANK』決勝の舞台になった平塚総合体育館が見たかったのとでこの日に決めた。平塚総合体育館はJリーグ、湘南ベルマーレの本拠・平塚陸上競技場(現在はネーミングライツで「Shonan BMW スタジアム平塚」と呼称される)に隣り合った立地だ。
シャトルバス
駅前から平塚シリーズ名物「シャトルバス」(神奈川中央バスの協力)に乗って、バスケ漫画の聖地へ。平日開催だからバスは空いている。おそらくビー・コルセアーズの営業も苦戦したんじゃないかなぁと思ったら、会場の雰囲気はハツラツとしている。ボランティアさんの人数が多くて驚いた。で、皆、明るい声であいさつしてくれる。
僕は日光アイスバックスというホッケーチームのスタッフを長年務めていて、同じように地元・栃木県日光市の学生を中心にボランティアスタッフを組織しているんだけど、なかなかこんなハツラツとした雰囲気にならなかった。あいさつが習慣化するまで2、3シーズン、正面玄関に立ち続けたものだ。何万人の大規模興行と違って、アリーナサイズの興行はふれあいがポイントだ。
畑違いのジャンルながら一緒にアイスバックスの再建にのり出してくれたセルジオ越後さんが面白いことを言っていた。「試合会場はコミュニティにとって日曜日の教会みたいな意味を持つ」。試合そのものも重要だけど、スタンドで顔なじみに逢ったりして、コミュニティの結びつきを確認することはもっと大事だ。
体育館に入って驚いたのはコートサイドの、あんどうたかおさんの席が「プレス受付」であったことだ。あんどうさんに関してはこのサイトをご覧になってる読者には説明不要だろう。元『バスケットボール・イラストレイテッド』編集長にして、元祖NBA解説者、フィーリング満点のスポーツ・デザイナーとして定評がある。ビー・コルセアーズに関しては設立の旗振りで関わっているうち、気がついたら広報担当として大忙しになってしまった。
プレス席のあんどうたかおさん(左)と僕(右)
あんどうさんの様子を見ていて僕は楽しくてしょうがない。僕もアイスバックスで全く同じことをしているのだ。僕も無給のボランティアだ。ものすごい勢いでタダの原稿を書かされている。だけど、手づくりでチームの仕事をするのは楽しいんだよな。「プレス受付」があんどうさんの席なのは、つまり取材者がそれだけ少ないということだ。会場入り口でIDコントロールしなくても何とかやれてるってことだ。僕はビー・コルセアーズに一発で好感を抱いた。ここには小さくてチャレンジングな現場がある。
北米ではバスケとホッケーは見事に棲み分けされている。大都市のNBA、NHL級であっても、田舎町のマイナーリーグでも、アリーナ自体は併用されていることが多い。場所ではなくコミュニティが違うのだ。どういう感じかというと「バスケはアフリカ系アメリカ人(旧来の言い方ならば黒人)の観客が多く、ホッケーにはほとんどいない」というニュアンスだ。プレーヤーも同じ構成だ。ともに冬シーズンの人気スポーツ、ともにものすごい裾野を持ってるのだけど、背景にあるカルチャー、文脈が違う。
まぁ、といって日本のスポーツシーンは平準化されてて、そういうのとは無関係だ。僕は「階級」や「宗教」「学歴」「人種」で区分けされない日本の状況は素晴しいと思う。ただそうするとコミュニティ形成の動機づけもまたあいまいになる。どの競技のどのチームのファンになるかは自由意思というのか、偶然の出逢いで決まったりする。一般的に最大の動機づけは居住地域だろう。横浜に住んでいるから横浜のチームを応援する。が、「ベイスターズでもマリノスでもなく、絶対にビー・コルセアーズなのだ」という動機づけは何だろう。
試合が始まって、何しろ記者席があんどうさんの並びのコートサイド最前列だもんだから、その迫力に圧倒された。バスケの特徴は常に試合が動いていることだ。勝っていても負けていても試合が止まらない。これはものすごく北米発祥のスポーツだと思う。常に次のチャンスがある。前向きだ。読者は19世紀・欧州発祥のスポーツと、20世紀・北米発祥のスポーツのアイデアの違いをご存知だろうか。20世紀・北米発祥の競技は時計が観客に公開されている。例えばサッカーの時計が主審に委ねられているのに対し、バスケやアメフト、ホッケーの時計は観客に明示される。デモクラシー的発想なのだ。
会場に「ディーフェンス」のコールが響く
第1クォーターは仙台がリズムをつかんだ。ビーコルは速攻の対応が遅れている。だけど、会場はいい雰囲気だ。場内演出は『ブルーライトヨコハマ』や『港のヨーコヨコハマヨコスカ』をうまくつないで、観客を巻き込んでいく。試合中に音が出せるのが新鮮だった。攻撃時と守備時でパターンを変えている。これはホッケーにはないなぁ。ホッケー会場は時計が止まっている間、DJプレーが許されるけれど、試合再開と同時にカットアウトされる。
ビーコルが攻める
第2クォーターから少しずつペースをとり戻し、第3クォーター、ついにビーコルが逆転する。僕は#1 トーマス・ケネディが気に入った。会場はなかなかの盛り上がりだ。2階席に何校も近くの中学のバスケ部が招待されていて、その子らがいい反応している。まぁ、当たり前のことだけど、バスケにいちばん動機づけられるのはバスケをやってる子らだ。あるいは経験者。自分がやってるから実感的にわかるって領域が必ずある。あるいは見てグッと来て、真似したくなるようなことが。
#1トーマス・ケネディ選手
試合は最後もつれたけれど、ビーコルがリードを守り、快勝した。2階席のバスケ部は大騒ぎだった。何か僕は嬉しかったなぁ。あのなかに横浜ビー・コルセアーズの新しいコミュニティを築く層がいる。クラブっていうのは駅伝レースのように、選手もスタッフもファンも連綿とつながっていくものだ。それは大正年間創始の古河電工→日光アイスバックスでも、創設2シーズンめの横浜ビー・コルセアーズでも同じことだ。僕は強いシンパシーを感じた。
コラムニスト
1959年8月13日生まれ中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。
Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか
Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか
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「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか
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