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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.1 「全てはファンから始まる」

横浜DeNAベイスターズの背番号5、森本稀哲を取材した。ちょうど交流戦の後半、ラミレスが4番・レフトに定着し、ヒチョリがポジションを失った時期だ。3試合見に行って、代打が二度、守備固めが一度。それじゃ取材にならないじゃないかと心配される読者もおられよう。ぜんぜん平気だ。僕はプロ入り1年目、帝京高校を出て肩をこわして、日ハムの2軍でひとシーズン、バットボーイを務めていた頃から彼を見ている。「マジメにやってる、いいバットボーイですよ」なんて言いながら。
   

   
実は「マジメにやってる、いいバットボーイ」はプロ入りの決め手になった。現在、日ハムのGMを務められてる山田正雄氏がまだスカウトだった頃だ。「帝京の大型内野手」はチェックリストに入っていた。主将としてチームを甲子園へ導いたリーダーシップも買いだ。何より俊足で身体にバネがある。ほぼ指名を決めた山田スカウトは念のためというのか、帝京病院の屋上へ上がる。練習前、普段のヒチョリの姿を見ようと思った。帝京病院は帝京高校グラウンドに隣り合っていて、当時は練習の様子が遠望できたのだ。選手によってはプロのスカウトが来ると、普段と違うよそいきの姿を見せることがある。
   
練習前、帝京の主将はひとりでグラウンドの小石を拾っていた。まだ後輩が出てくる前だ。チームメイトにイレギュラーバウンドのケガをさせたくなかったのかもしれない。山田スカウトは野球に対してマジメで、いっしょうけんめいな子だなと思う。こういう子はプロで伸びるだろう。
   
肩が治って身体がグングン大きくなってからも1軍の壁にぶち当たって悩んでいた。ブレイクのきっかけを与えてくれたのはMLB帰りの新庄剛志だった。新庄は球団職員が「今日はお客さん入るかな」なんて言おうもんなら大変な剣幕で「お客さんじゃありません、ファンです」と食ってかかる男だった。ヒチョリは自分自身の壁にくよくよしてるのが恥ずかしくなった。ファンを楽しませるために野球をしている人がいる。ヒチョリは意識を自分から解き放つ。ファンのための自分であろう。ファンのためにいつも挑戦しよう。
   
ベイスターズへのFA移籍は考え抜いて決めた。自分にやれることがあるような気がした。例えば新庄が日ハムへ飛び込んで、チームの意識を変えてしまったように。あるいは大味な野球で低迷するベイスターズにチームプレーの駒に徹する姿を持ち込めないだろうか。
   
移籍1年目は故障に泣いた。複数年契約だからさぼっているのだろうといった雑音に悔しい思いもしたけれど、持ち前の脚が使えない。2年目の今年は絶対やってやろうと思っていた。打撃フォームを変えて、春先には首位打者に立った。出番が少なくなってからも好調は維持していて、代打ホームランを放ったりしている。早い時間にハマスタへ入って打撃練習を見せてもらうと、バットが内から出るいいときのフォームだ。今季の打撃改造はどんなところなのか。
   

   
「伝えるのが難しいんですけど、バットを下から出すイメージなんです。下から出すのは悪いフォームの典型みたいに言われるんですけど、点で叩くんじゃなく線で対応する感覚ですね」
   

   
それは単純なアッパースイングとは違うものだ。よくレベルスイングというけれど、実際に好打者が打つのをスロー再生で見るとバットは下からの軌道になっている。ボールはどれだけ速くても、引力で落ちながらホームベースへ向かってくる。それをダウンスイングやレベルスイングで叩こうとすると衝突点は一点しかない。点でなく線で合わせたいのだ。
   
今のベイスターズではヒチョリの出番は限られている。大砲ラミレスは外せないし、金城龍彦のしぶとさも貴重だ。それから荒波翔という2年目の若手を育てようとしている。それじゃヒチョリは何をしてるかというと、実はファンを大いに沸かせている。僕は見て、うわ、やってるなぁと笑った。負け試合の終盤、守備位置についた外野手のキャッチボールの相手として1塁線の外側に立つ。イニング再開でキャッチボールが終わるとそのボールを歓声高まるスタンドへ投じる。皆、ヒチョリがボールをくれると知っている。ボールのプレゼントが終わると、ベンチへ戻りながらグローブを投じるフリをするが投じない。で、帽子を投じるフリもして投じない。その都度、スタンドがどっと沸く。ヒチョリは笑顔でベンチへ下がっていく。
   
ファンのための自分であろう。ファンのためにいつも挑戦しよう。ベイスターズファンにはそれが伝わっている。僕はスタンドで「ヒチョリはえらいなぁ」「ヒチョリ頑張ってるなぁ」という声を聞いた。それは見ればわかることだ。自分が目立とうとしてやってることじゃない。どんな形でもいいからファンに野球を見にくる楽しさを伝えたいのだ。
   
「マジメにやってる、いいバットボーイ」から変わってないなぁとおかしくなる。たぶんずっと同じなのだ。帝京高校グラウンドの小石を拾っていたのと同じ気持ちで、今はボールをプレゼントする控え選手をやっている。チャンスがもらえたらひと仕事したいだろう。チャンスは必ず来る。ファンはその姿を見ている。全てはファンから始まるのだ。ちっぽけな自分の葛藤なんかで野球をやってたまるか。
   

   
「横浜スポーツウォッチング」という横浜のスポーツを盛り上げようという連載コラムが始まるんだけど、第 1回は絶対、森本選手に出てもらいたかったんだよ、何か言うことないですか? と取材の最後に水を向ける。ヒチョリは「ホームタウンの横浜っていうくくりで声かけてもらえたのはすごく嬉しいです」と声を弾ませる。
     
「僕が野球やってるのをまだ見たことないって人も多いんですよ。中華街でパフォーマンスしたのは知っててもどんなプレーをするのか知らないって。僕の真骨頂は泥くさいプレースタイルです。一球一球、ファウルで粘ったり、ひとつ先の塁を奪おうとしたり、守備でも球際にしぶとかったり。ハマスタでそれを見てもらえたら最高ですね」
   
   

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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