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元オリンピック陸上選手苅部俊二のダッシュ

vol.50「覚醒水準」

だいぶ暖かくなってきました。スポーツ日和が続きますね。

5月8日(木)横浜市立金沢小学校で特別授業をしてきました。金沢小学校は今年で創立141年。1873年(明治6年)創立の大変歴史のある学校です。
今回は全校生徒を対象とした講演を体育館で行い、その後走り方教室を5・6年生にレクチャーしてきました。自然豊かな金沢の地の子どもたちは大変活発で元気があります。講演の最初に私の現役時代のレースのビデオを見せたのですが、大声援を送ってくれました。こんなに応援してもらうのは久々でしたので、うれしい反面少し恥ずかしかったです。

この特別授業は、横浜市体育協会のスポーツ振興事業の1つで、2020年オリンピック・パラリンピック東京大会開催が決定したことを契機に横浜のスポーツ振興を図るものとして本年度から始まりました。子どもたちと横浜にゆかりのあるオリンピアンが直接ふれあう機会をつくるものです。市内18区の各区から1校ずつ選ばれてオリンピアンが派遣されます。私は、金沢区と栄区に派遣されます。その金沢区が今回の金沢小学校です。
昨年4月に中区の間門小学校へ行きましたが、こうした事業は子どもたちにとって大変素晴らしい企画だと思います。スポーツに限らず文化的な活動をされている方なども積極的に派遣して、子どもたちに本物を肌で感じてもらいたいものです。

さて、講演をやるとよく聞かれることがあります。
「緊張しますか」とか「あがってしまうのですがどうしたらよいでしょうか」などです。

実は私、あまり緊張しません。オリンピックの決勝でスタートラインに立った時もまったく緊張しませんでした。ですから緊張してガチガチとか「力を発揮できない」ということはあまりありませんでした。
と言うと大抵「えー」と言われます。半ばブーイングに似た感じです。

では、どのように考えていたかというと単純に「いつも通りやる」ということを考えていました。今持っている力をそのまま出せばいい。うまく見せようとか、いいところ見せようとか、120%の力を出そうとかすると余計に力が入ってしまいます。
120%の力は出そうと思って出すのではなく、いつもの力を出そうと思ったときに結果的に出るものと私は考えます。

そしてもう1つ。「失敗してもいい」と思っていました。「やるだけやって失敗したならしょうがない。精いっぱいやろう」と常に心に刻んでいました。
でも心の裏では失敗しない自信も確かにありました。それだけ練習していましたからね。

緊張とは少し違うかもしれませんが、心理学ではパフォーマンスや成績を最大に発揮できる適切な緊張状態があると言われています。この緊張状態や気持ちの程度のことを「覚醒水準」と言います。
たとえば砲丸投げや重量挙げなど短時間に大きな力を発揮する競技やラグビーやアメリカンフットボールのタックルなどは多少興奮した状態で行います。少し緊張状態にあるということです。リラックスしすぎて力の抜けた状態では大きな力は出せませんし、タックルに行くのも「行くぞ」という気持ちが入っていなければ逆に突き飛ばされてしまいますし、怖がってしまうでしょう。

逆に興奮しすぎではいけない競技種目もあります。たとえばアーチェリーやゴルフのパット、弓道など。長距離走もそうですね。興奮して心拍が上がりドキドキすると正確さが下がってしまいます。冷静な判断もしにくくなります。長距離走もずっと興奮して走ることは難しいし、できませんよね。これらの競技種目はあまり興奮させず、覚醒水準を少し下げることが良い成績につながる種目です。

この覚醒水準と競技成績の関係は逆U字曲線で表されます(下記の図参照)。

力みすぎても高いパフォーマンスは出せないし、緩みすぎてもダメなのです。その競技種目にあった最適な水準があるのです。砲丸投げなどの少し興奮したほうが良い競技種目はこの逆U字曲線の頂点は右側にシフトします。正確さが要求される競技種目は左側です。競技特性によって頂点の位置は変わってきます。

力みすぎてあがってしまうときはリラックスしなければなりません。逆に少し集中しなければならないのにだらけてしまうときは気持ちを盛り上げていかなければなりません。気持ちを盛り上げることをサイキングアップと言います。
私は400m走や400mハードル走を専門としていたので多少興奮しつつも冷静な状態であったような気がします。いつも緊張やあがりをうまくコントロールできるようになれば良いパフォーマンスが発揮できるようになってくるのです。
あがりたくなければ自信をもつこと。自信を持つには準備をすることです。

私は先の質問があったときだいたいこのように回答しています。うまい答えになっているかはわかりません。

5月11日(日)国立競技場でゴールデングランプリという大会があります。私はテレビ解説です。緊張します、、、。
(※編集部注 このコラムは大会前日の5月10日に寄せられました。)

苅部俊二 プロフィール

1969年5月8日生まれ、横浜市南区出身。

元オリンピック陸上競技選手。横浜市立南高等学校から法政大学経済学部、富士通、筑波大学大学院で競技生活を送る。

現在は法政大学スポーツ健康学部教授 コーチ学(スポーツ心理学) 同大学陸上競技部監督 法政アスリート倶楽部代表 日本陸上競技連盟強化委員会ディレクター兼オリンピック強化コーチ(ハードル)。

2007年から日本陸上競技連盟強化委員会の男子短距離部長を務め、世界選手権(2007大阪、2009ベルリン、2011大邱、2015北京、2019ドーハ)、オリンピック(2008北京、2012ロンドン)に帯同。

また、2014年には日本陸上競技連盟の男子短距離部長へ復帰し2016リオデジャネイロオリンピックに帯同し、日本短距離男子チームの責任者として同行した。

1990年代を代表する陸上競技者として活躍。1996年のアトランタと2000年のシドニーオリンピックに出場、世界室内陸上競技選手権大会400mで銅メダルを獲得するなどの活躍を見せた。元400mハードル日本記録保持者。

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