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えのきどいちろうの横浜スポーツウォッチング

vol.15「tvkのレッド・ウォーカー」

今月は僕としては満を持して、テレビ神奈川(以下、tvk)の佐藤亜樹アナウンサーを取り上げたいと思う。読者は佐藤さんをご存知だろうか。間違いなく本邦・女性スポーツアナの最前線を行くひとりだ。彼女がすごいのは、ほぼ男性アナに独占されてきたスポーツ実況に単身切り込んで、着々とキャリアアップを重ねているところだ。早い話、今年の高校野球・夏の神奈川県予選の花形カード、「桐光学園×横浜高校」を任されたのは佐藤さんだった。僕に言わせれば「エース・ローテーションで回ってる」実況アナだ。

 佐藤 亜樹アナウンサー

04年に仙台放送からtvkに移ったのは、スポーツが動機だった。tvkはスポーツ中継の伝統がある。プロ野球、ラグビー、サッカーは僕なんか学生時代から大変お世話になった。そして高校野球の神奈川県予選は日本一の激戦区だ。tvkの県予選中継はある意味、本番の甲子園以上にドラマチックだ。かつての言い方でいうUHF局は、ことスポーツに関しては東京キー局に負けない現場を持っている。スポーツを志すアナウンサーには、こんなに多様でこんなに魅力ある環境はない。差別的に響かないように注意したいが、佐藤さんは「女だてらに」そこへ飛び込んだ。
実は僕はtvkに入った頃の佐藤さんを知っていて、それは「早稲田大学アイスホッケー部の元マネジャーさん」としてだった。僕はアイスホッケー界とつながりがあり、春名真仁、土田英二といった早稲田出身のスタープレーヤーと個人的に親しかった。春名、土田の代にマネジャーを務めていたのが佐藤亜樹さんなのだった。話をしてみるとご自身が女子サッカーの選手だったこともあり、スポーツフィーリングを持っている。またアイスホッケーのディテールを「あぁ、この人はホントに好きなんだなぁ」という感じに語る。この人がtvkで現場やるなら応援したいなぁと思ったのだ。
まず06年に高校サッカーで実況デビュー、10年から高校野球を担当するようになった。現在はむしろベイスターズ中継も含め、野球実況の印象の方が強いのではないか。女性の野球実況アナは他に2例しか僕にはイメージがない。GAORAのタイガース2軍中継をやっておられた岡本育子さん、それからTOKYO MXのホークス中継を担当されていた長友美貴子さん。おふたりとも過去形で紹介せざるを得ないのが残念だ。女性の実況アナはどんな難しさがあるのだろう。
「やっぱり長い時間しゃべりますから音域の高い、キンキンした声は聞きづらいと思うんです。だからメリハリですね。緩急を心がけるようにしています。どうしても動きのある場面では声を張ることになりますから、張った後は抑えたり。あと低い声色で強調した後はやわらかい音域を使ったり」
「色んなご意見いただくんですけど、やっぱり女のくせに生意気だっていう受け取り方もあるんですね。それは真摯に受け止めます。そうならないためには野球に真剣に取り組むしかないんですけど、もうひとつは細やかな神経ですね。例えば選手を長谷川、松井って呼び捨てにしますね。『松井投げた、長谷川打った』は呼び捨てがスッキリすると思うんですが、その後のコメントではできるだけ長谷川選手、松井投手と呼ぶようにしています。それは年齢に関係なく、女性が呼び捨てることに心理的抵抗を感じる方もいらっしゃるからです」
なるほど、パイオニアには苦労があるんだなぁ。たぶん同じキャリアの男性スポーツアナの何倍も神経を遣い、勉強や取材を重ねて、それでも「女に野球がわかるのか?」といった偏見に直面せざるを得ないのじゃないか。僕はポール・R・ロスワイラーの野球小説『赤毛のサウスポー』を思い浮かべる。主人公のレッドは大リーグという男性社会に挑戦した女性ピッチャーだった。あの小説には下敷きがあって、それはつまり白人だけの世界であった大リーグに風穴を開けたブルックリン・ドジャースのジャッキー・ロビンソンだ。偉大な挑戦者を顕彰すべくメジャー全球団は現在、彼の背番号42を永久欠番にしている。ジャッキー・ロビンソンは「黒人のくせに生意気だ」という偏見と戦った。ずっと後にハンク・アーロンがベーブ・ルースの通算ホームラン記録を塗り替えるときですら、脅迫状が届いたそうだ。最初のひとり、ジャッキー・ロビンソンの苦闘は想像を絶するものがある。
だけど、僕のまわりのコアな高校野球ファンの間では「佐藤亜樹さん巧くなったねぇ」という声がもっぱらですよ、と申し上げる。僕の知人にはラジオのアナウンサーも多い。「最初出てきた頃は『なるほど』が多かった。解説者のコメントを『なるほど』で受けて、話がそこで終わっていた。だけど、今年気がついたら全然なくなって、すごく聞きやすいんだよ。進境著しいっていうか、努力してるんだろうね、本当に柔軟になった」。これは結構知られたアナウンサーさんの意見だ。つまり、彼女の実況には隠れファンがいる。

「野球って1球1球止まる、ちゃんと局面が止まって意味を深めていく、その奥深さがあるかなって最近思いますね。実況スタイルは色んな方の実況を聞いて勉強しています。女が実況するお手本がないから、見よう見まねで作るしかないんです。情報性の高さではABC(朝日放送)スタイルなんですが、ABCスタイルを求めつつも、例えばNHKの竹林宏アナウンサーを目指したりしてますね。竹林さんは冷静な部分と、ドラマチックな魅せる部分と両方あって好きですね。
「前から『女子アナ30歳定年説』ってよく電車の中吊りに出てるんですけど、それは違うなと思います。今、女の子って結婚しても辞めないですし、出産しても働こうとしている中で、もっと女性アナウンサーもきれいとか感じがいいとかだけじゃなくて、その人の個性や味を出していいと思います。たまたま私はスポーツ実況をやっていて、他がやってないから目立ちやすいですけど、情報番組をやっているアナウンサーが『主婦の立場でがんばりたいと思います』と言っているとしたら、もっと主婦感を出しましょうよって思うんです。女の人だってもっとやれる。そこを打ち破りたいなって思いがあります」
ほらね、『赤毛のサウスポー』のレッド・ウォーカーでしょ。あるいは水島新司『野球狂の詩』の水原勇気か。レッドは闘志あふれるキャラクターだった。水原勇気は芯の強い人だった。ただし、どちらも物語の中の人物だ。我らが佐藤亜樹アナウンサーは生身でスポーツの最前線に立っている。こちらは現在進行形のリアルストーリーだ。


サブ(副調整室)にて

えのきどいちろう プロフィール

コラムニスト

1959年8月13日生まれ
中央大学在学中にコラムニストとしての活動を開始。以来、多くの著書を発表。ラジオ・テレビでも活躍。

Book
「サッカー茶柱観測所」「F党宣言!俺たちの北海道日本ハムファイターズ」ほか

Magazine/Newspaper
「がんばれファイターズ」(北海道新聞)/「新潟レッツゴー!」(新潟日報)ほか

Radio/TV
「くにまるジャパン」(文化放送)/「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)ほか

Web
アルビレックス新潟オフィシャルホームページ
「アルビレックス散歩道」

Web
ベースボールチャンネル
「えのきどいちろうのファイターズチャンネル」

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